ラナウェイ
コイル
1章 ショックウェーブ1
光に照らされたビル群、天井を駆け巡る吊り下げ式のモノレール。公園から景色を眺めながらジョン・ブラウン大尉は心を癒していた。所属していた飛行隊の半数が未帰還、そんな現実を未だぼんやりとしか信じられないからだ。部隊は、再編成のため解散、自分を含む、残った隊員は再教育部隊として編成され、座学を受けていた。
ジョンは公園から離れ、近くのエレベーターに乗り込み、地表に出た。上空には15機で中隊飛行編隊を組んだ自国の主力制空戦闘機、F/A-21E Super Wasp(スーパーワスプ)が西に向かって飛んで行った。
*
レイノム空軍戦闘航空軍団、第106戦術戦闘飛行隊―106th TFS15機は、5つのデルタ飛行編隊を組み、後続の爆撃隊を直掩していた。南緯40°近くに位置するレイノム国は、風が強く、機体のフライト・アシスト・システムが忙しなく、垂直尾翼を動かしている。高度26000ftにもなると地球は少し丸く見える。106th TFS、ホーネット隊のリーダー、アラン・リアード大尉は、編隊を確認しつつ機体のLCDに目を向ける。HUDとは違い、作戦に関する様々な情報が表示されている。
ホーネット隊よりもはるか上空、高度47000ftに滞空する早期警戒機、FEP-02から敵機の情報が入る。
《Skyfan to Hornet, enemy interceptors, merging into radar. Vector 2-9, 6bogeys...Few》
『訳:スカイファンよりホーネット、敵迎撃機、レーダーにマージ。ベクター2-9-0、六機…少ないな』
空中管制官が言う通り、敵機は少なかった。しかし気にすることはない。それだけ優位なんだろう。無線を続ける。
「Roger, leader contact. Merging with targets, copy」
『訳:ラジャー、レーダーコンタクト。ターゲット、マージ、コピー』
《Copy, OK, Hornet leader》
『訳:コピー、オーケー、ホーネットリーダー』
「Hornet leader to all unit. Sequence I4. Penetrating enemy intercept line. Ready EW. Master arm ON」
『訳:ホーネットリーダーより各機。シークエンスI4。敵機迎撃ラインに侵入。EW用意。マスターアームオン』
「Hornet squadron, will hit enemy. Follow me」
『訳:ホーネット隊、敵機を叩く。続け』
機体に装備されている増槽を投棄する。
《Skyfan to Hornet, targets have dropped fuel tank. Accelerated. Targets closing 》
『訳:スカイファンよりホーネット、ターゲット増槽を投棄。加速した。ターゲット接近中』
「Roger. Hornet leader, diving and closing range. Angels 1-9」
『訳:ラジャー。ホーネットリーダー、降下して接近する。エンジェル19』
2組の編隊を残し、リーダーを筆頭とする9機が降下する。リーダーの編隊は角度20°の緩降下、残りの編隊は角度60°の急降下。
「Hornet leader, engaging. Seeker open, locked on. FOX2, FOX2!」
『訳:ホーネットリーダー、エンゲージ。シーカーオープン、ロックオン。FOX2、FOX2!』
赤外線誘導ミサイル、AAM-21が発射される。FCレーダーで誘導し、ターゲットまで残り900mのところでシーカーが敵機の熱源をとらえる。
(画像誘導だ。振りきれるわけがない)
アランの読みの通りだった。敵機はカウンターメジャーを展開し、躱そうとするが振り切れず、2発のミサイルが命中する。
《Good kill! Good kill!》
『訳:グッキル!グッキル!』
次の敵機に狙いを移す。スロットルレバーにある選択ボタンでターゲットをロック。HUDに捉えるため、右へ3G旋回。サイドスティックは感圧式だから無理に引かない。少しだけだ。スティックは左右4cm、前後1cmに少しだけ動く。ターゲットを捉えた。シーカーオープン、ロックオン。FOX2。警告音が鳴る。
《Hornet leader, behind you! Check six! Break left, break left!》
『訳:ホーネットリーダー、後ろだ!チェックシックス!ブレイクレフト、ブレイクレフト!』
迂闊だった。マニューバスイッチオン。スティックを左に倒し、6G旋回。グレイアウトしないように気を抜かず、力を入れ、耐える。
《Hornet4, engaging. Seeker open, locked on. FOX2, FOX2!》
『訳:ホーネット4、エンゲージ。シーカーオープン、ロックオン。FOX2、FOX2!』
後ろに張り付いていた機体は無事、落とされたようだ。
「Good kill! Good kill!」
『訳:グッキル!グッキル!』
そう言いながら近くにいる敵機に照準を合わせる。スロットルレバーの親指部分にあるボタンカバーを外す。HUDとディスプレイに『Ready Gun』と表示される。ガンロック解除。FCレーダー、ガンモード。カバーに隠れていたボタンを押すと、機体下部にあるガトリングガンから砲弾が発射される。毎分7000発の20mm機関砲弾が敵機に命中する。敵機は被弾した右側から火を噴き、緩いロールをしながら落ち、爆散した。
《Skyfan to Hornet, Shoot down all enemy. No loss here. Return to base. Mission leave it direct platoon.》
『訳:スカイファンよりホーネットへ、敵機をすべて撃墜。こちらの損失機なし。直掩の小隊を残して帰還せよ』
「Hornet leader to Skyfan, roger. RTB」
『訳:ホーネットリーダーよりスカイファン、ラジャー。RTB』
帰還を告げ、緩やかに旋回したのち編隊を組んだ。
《Skyfan to Hornet. The earlier is a decoy! Vector 2-6-0, Terribly fast! Emergency evacuation!》
『訳:スカイファンよりホーネット。さっきのは囮だ!ベクター2-6-0、かなり速い!緊急退避!』
「All unit away! Flipping! Emergency evacuation!」
『訳:全機離脱だ!反転しろ!緊急退避!』
(間に合わない...!)
だとしても後方の直掩機達に退避勧告を出さないわけにはいかない。その2秒後、爆撃編隊付近で、大きな音とともに火球が出現した。
*
「先の戦闘で使用された敵兵器は、超高速型の対空燃料気化弾です。これは通常のFAEを対空用に改造した弾頭を新型の高速ミサイルに取り付けたものと思われます。レーダーによる誘導が中間に行われ、終末誘導は、INS。今回は、敵迎撃戦闘隊のレーダーを基に誘導されていたと推測されます。尚、この兵器は前々回の523rdTFS、ノーマ隊による【敵対空陣地の早期破壊】を名目とした戦闘にも使用されていることが確認できました」
戦術担当官からの報告を各飛行戦隊の隊長達が聞いていた。それは、アラン大尉はもちろんの事、先日、隊の半数を損失した戦隊長のジョン大尉も例外ではない。
「現在、戦略及び戦術戦闘委員会では、この高速ミサイルについてSCSと共に対抗策を思案中です。これにて報告を終わります。何か質問などは?」
412ndTFS、ドラゴン隊隊長。へリック・ステア大尉が手を挙げる。
「現時点でそのミサイルに遭遇した場合は、どのように対抗を?」
「現時点では、早期警戒管制機の指示のよって、全力で回避していただくことを提案いたします」
とてもではないが納得のいく対抗策ではなかった。だがそれは制服組も同じだ。今まで勝ち進んでいた戦況をひっくり返されているのだから。誰もこれ以上言わなかった。
「では、これにて定時戦術報告会を終わります。お疲れ様です」
戦術担当官がルームから出た後、各戦隊長らが世間話を始める。内容はあの対抗策では無理だ、とか明日の食券を賭けてカードをしよう、とかだった。特に話すこともないアラン大尉は、この後予定されていた再教育の座学へ。ジョン大尉も同じだった。
「アラン、君もかい?」とジョンが話しかけてくる。
「ジョン、やっぱり君も再教育に」
「ああ、あそこは退屈だ。教育戦隊時代の復習だ」
それを聞いたアラン大尉は、座学を受けるのが億劫になった。
「はあ、それを聞いてやる気をなくしたよ」とアラン大尉。
「ま、眠らないように気を付けろよ。じゃあな、君とは教室が違うから」
「そうか、じゃ、また今度」そう分かれた二人は各々の座学ルームへ向かう。
用語集
・TFS:ティーエフエス…Tactical Fighter Squadronの略。戦術戦闘飛行隊。
・HUD:ハッド…Head Up Displayの略。コクピッドの正面にある透明な奴。
・LCD:エルシーディー…液晶ディスプレイ。これがあると計器が減ったりボタンが減ったりと大助かり。現代機はこれが主流(F-35とか)
・Vector:ベクター…方位。
・EW:イーダブル…電子戦闘。ECMやECCMが含まれる。
・Master arm:マスターアーム…誤射防止安全装置。オン(arm位置に設定)で兵装を使用することができる。
・Angel:エンジェル…高度。1エンジェル1000ft。
・Seeker:シーカー…ミサイルについている誘導用探索装置。
・Engage:エンゲージ…交戦符丁。嫌な奴と出会ったら君もエンゲージを宣告だ。
・FOX2:フォックス2…赤外線誘導ミサイルを使用するときに使用する符丁。エンゲージしたらぶっ放そう。
・カウンターメジャー…各種探索誘導装置への対抗策。レーダーなら薄いプラスチック片にアルミを蒸着させたチャフ。赤外線ならマグネシウムで燃焼させたフレアなどがある。
・Check six:チェックシックス…言わずもがな六時方向(後ろ)を確認しろという意味。
・Break left:ブレイクレフト…左へ回避しろという意味。単にBreakのみなら回避しろという意味。
・FCレーダー:エフシー レーダー…射撃用のレーダーであり、FCS…射撃管制装置とつながっている。
・RTB:アールティービー…基地へ帰還する際の符丁。Return To Baseの略。
・FAE:エフエーイー…燃料気化爆弾。霧状の燃料を散布し混合比がいい感じになったところで着火し爆発させる。怖いやつ。
・INS:アイエヌエス…慣性航法装置。時期の速度と運動を計算し位置を測る装置。移動距離が長いとずれる。
・SCS:エスシーエス…Strategic Computer Systemの略。戦略コンピュータシステム。電子頭脳だからかわいい。
機体
・F/A-21F Super Wasp:エフエー トゥエンティワン エフ スーパーワスプ…レイノム連邦海軍の主力制空戦闘機。艦載機でありALS(自動着陸装置)やACLS(自動着艦装置)、ATOS(自動離陸・離艦装置)を搭載している。制空機名乗ってるけど基本何でも屋。爆撃だろうが偵察だろうが何だってこなします。
・FEP-02:エフイーピー ゼロツー…レイノム連邦の早期警戒管制機。高アスペクト比なガル翼、M字翼、ターボプロップなど特徴の多い機体。派生機がそれなりに存在する。
・爆撃機…特に紹介する必要のない機体。直掩の小隊と一緒に全滅した奴。外見はC-17に似てなくもない。
・AAM-21:エーエーエム トゥエンティワン…航空機ではないけどここに書いとくね。短距離赤外線画像誘導ミサイル。中間誘導をレーダーで行い、終末誘導をミサイルのシーカーで行う。推進部にフィンがついていて、これで制御する。
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