ひとりぼっちイグジステンス

きじとら

プロローグ

――この世界には、本当は僕しか存在していない


――僕以外、友人も両親も知人も知らない人もこの世のすべての人間は自我を持っていない



その考えは、懸命に左ボタンを連打する僕の脳内に、突然降ってきた。


モニターにはEnJAがひたすら攻撃を受け続け、マスクガールが回復魔法をかけている様子が映っている。

彼らは僕がプレイするネットゲームの仲間だ。

当然、本名はおろか性別も年齢も知らない。

しかし、僕たちが今倒そうとしているボスモンスターとは違い、彼らはモニター越しに存在している、そのはずだ。


――本当にそうなのだろうか?


このやたらHPが高いボスモンスターと同じように、彼らもプログラムの一種だとしたら?


以前「笑わない男性」がテレビ取材を受けていた。

「もう50年間は笑っていない、楽しいとはなんだろう」と、目を伏せていたことをよく覚えている。

そのとき「本当に50年間楽しいと思わず笑ったこともないのか?」と思った。


本当に「楽しいという感情がわからないか」の証明は容易だ。

彼をあらゆる手段を使って笑わせればいい。

しかし、彼が本当に「50年間笑っていない」ことの証明は困難で、まさに悪魔の証明と言えるだろう。


『とっととスキル撃って、こいつ倒せよ!』


なかなか貯まらない僕のMPにしびれを切らしたEnJAが、パーティチャットで叫んだ。

このEnJAの行動も、あらかじめ僕がスキルを撃たない・撃つケースの2パターンが用意されていて、状況に応じてただ吐き出したものかもしれない。


すっかり止まっていた左ボタン連打を再開させる。


自分が自我を持った存在だということは、結局自分にしかわからない。

たとえ他人が自律思考を持たず、空っぽのまま存在しているだけだとしても、知る術はないからだ。

50年間笑ったことがないという、あの男性の真偽が読めないことと同じように。


けれど、そこで諦めてしまってはおもしろくない。

僕は思考を止めたりなんてしない。

「自分以外の人間はすべて意思を持たないロボット」という説が正しいことを、対外的に証明してみせる。


この突然降って湧いた実に中学生らしい思考に、僕自身が一瞬で深く魅了された。


MPバーが赤く点滅したことを確認し、右ボタンを長押しする。


今思えば、僕は平凡と平穏に満ちた青春の中に、非日常という刺激を求めたかったのかもしれない。

現実離れした毎日に、溺れたかったのだ。


敵は天地創造の神か、それとも悪魔か。

唇の乾きを舌で舐め取り、押さえつけていた右ボタンを離す。


放った必殺のスキルは、青く輝くエフェクトが実に美しく、まっすぐボスモンスターの左胸を貫いた。

ボスモンスターが地に伏せる描写と「Mission complete!」の文字がモニターいっぱいに踊る。


僕が生活の一部としてプレイしているこのネットゲームでは、モンスターを倒しても「Congratulations!」というメッセージは表示されない。

賛辞の言葉はなく、ただミッションに成功したことのみを示す。


その演出は、すべての真実を暴いた僕の未来を、実にすばらしい精度で再現していた。

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