絶好調 マシンガンガールズ
土田一八
第1話奮闘すれども‥報われない日々
チェコスロバキアとハンガリーとの国境。激しい銃声や砲声、炸裂音が辺りに響き渡る。チェコスロバキア陸軍所属の機関銃娘達はジャマーと交戦中であった。
「ゾラ!ジャマーが国境を超えちゃうよ‼」
レンカはゾラに叫ぶ。
「ユリエ!先回りしてジャマーを足止めにしろ!」
ゾラはユリエに指示を飛ばす。
「わかってるって!」
ユリエは射撃をやめ、国境線に「脱兎」を発動して大急ぎで向かう。ゾラとレンカも射撃を中断して追跡に移る。しかしジャマーは国境線を越え、続々とハンガリー領内に逃亡してゆく。ゾラはチェコスロバキア領内に残っているジャマーを狙撃する。
「もう、撃つのはやめていただきたい!」
国境線の向こう側にはハンガリー軍の中尉が大声で叫んで立っていた。
「なんだ、もう現れたのか。なにもできないくせに!」
ゾラはわざと聞こえるように悪態をつく。この中尉は堅物で機関銃娘達からは嫌われていた。ハンガリーとは越境協定があるのだが、問答無用で越境を拒否するからだった。
実はハンガリーでは、越境協定について守旧派から主権侵害の疑いがあるとして訴訟を起こし、それに基づいて裁判所に効力を差し止められた。一方で差し止めは国益や外交儀礼に反する行為だとして依拠派から差し止めの取り消しを求める訴訟が別に起こされ、依拠派の言い分も認められるという前代未聞の事態に陥っていたのだ。その為ハンガリー政府と軍は現場指揮官に判断を丸投げする決定を出してしまったのだ。そのツケが正にこの場面なのである。
「ゾラ。今日はもうプラハに引き上げようよ」
レンカはゾラの右肩に左手を当てる。暫し中尉を睨みつけていたゾラは装備を格納する。
「装備格納!」
不思議な光がゾラを包み込む。レンカ、ユリエも同様に装備を格納する。
「これでよろしいかしら?」
ハンガリー軍中尉は頷く。レンカとユリエはホッとした表情でゾラの後をついて行く。中尉もゾラ達が立ち去るのを見届けるとその場を離れた。
夜遅く、プラハに戻ったゾラ達は兵営に帰り翌朝報告する事にした。翌朝参謀本部に出仕して参謀総長とクドルナ大佐に報告する。
「うむ。報告ご苦労。大尉」
「はっ!」
参謀総長はいつもの優しい笑顔でゾラから報告書を受け取る。それに引き換えクドルナ大佐は相変わらずの厳しい顔つきである。
「今回はハンガリー側から苦情は出なかったようだな」
大佐はゾラに嫌味を言う。ゾラはムッとして言い放つ。
「それはよろしゅうございましたわね。おじい様」
「じいさんと言うんじゃないっっ‼」
クドルナ大佐はつばを飛ばしながら怒鳴る。
「大佐」
ケンカにならないうちに参謀総長はクドルナ大佐に次の指令を出す様に促す。
「はっ。では」
クドルナ大佐は指令を伝える。
「では指令を与える。大尉は次長室に行き給え。中尉と少尉は別任務がある。ここで待機せよ。解散」
ゾラは総長室を退出し次長室を伺う。
「やあ、ゾラ君。待っていたよ。これからプラハ城に一緒に来てもらう」
「はっ!」
ゾラは次長と共に大統領に会っていた。大統領の隣には首相もいた。
『それ程重要任務なのかな?』
ゾラは色々と考えを巡らす。そして大統領は意外な事をゾラに命じた。
「ゾラ バルチーコバァ大尉。これからベルリンに行ってもらう。11時の汽車の切符を手配してある。大尉にはチェコスロバキア代表として機関銃娘の競技会に出場してもらう。」
「競技会ですか?」
ゾラはキョトンとして大統領に聞き返す。
「我々も急な事で驚いてしまったがね。オリンピックが成功したものだからボヘミア人伍長も調子に乗っているのだろう。派遣期間は10日間の予定だ。ただでさえ機関銃娘は人数が少ないのにな」
大統領は愚痴をこぼす。その後首相から細かな指示がなされる。
大統領はタバコをふかして一服する。
「まだ、クドルナ大佐はゾラ君と仲良くできないのかね?」
次長とゾラが退出した後、大統領は首相に訊ねる。機関銃娘は政府の管理下に置かれているが、軍人の身分を付与しているので、陸軍所属になっているのだ。
「はい。クドルナ大佐は保守的な人間ですからね。お嬢さんが名付け親になっているのも気に入らないのでしょう」
「よほどおじいさん呼ばわりされたのが堪えたとみえるな」
大統領と首相は顔を見合わせて苦笑いをした。
次長とゾラは大統領府を後にする。
「必要書類はこれだ。パスポートは持っているものを使いなさい。必要経費はベルリンの大使館から届ける」
旅支度の為一旦兵営に戻る車中で次長はゾラに茶封筒を手渡す。
「了解しました」
「我々の目をごまかす為かも知れん。緊張状態でのイベントだ。十分に注意しろ」
「心得ております」
ドイツとチェコスロバキアとの間にズデーテン地方をめぐる紛争がある事はゾラも知っている。と言ってもドイツの言いがかりなのだが。
そしてゾラは汽車でベルリンに向かった。
ベルリンのとある酒場。一人の機関銃娘が飲んだくれていた。ビールを大ジョッキで一気にゴクゴク飲み干す。普段は賑やかな酒場も異様な雰囲気を醸し出している機関銃娘の機嫌を損ねまいと静まり返っていた。
「クソっ!親衛隊の奴らいけ好かねぇ!みみっちいンだよ!ジャマーがよけるのがわりぃんだからっぁ!」
愚痴っては大ジョッキをぐびぐび飲み干す。彼女は今朝ジャマーと交戦して発砲した際、ジャマーがそれを避け、その流れ弾が親衛隊の乗用車に命中。オシャカにしてしまったのだ。当然親衛隊から空軍に苦情が行く。そして上官にこっぴどく叱られるコースを歩んで来たのだった。それから酒場で愚痴を肴にビールを痛飲するお決まりのコースを驀進中であった。
「ん?なんだ?もう弾切れか。おい親父!ビール持って来ーい‼」
彼女がそう叫ぶと、親衛隊がやって来た。
「なんだぁ?お前らは呼んでないぞぉ?親衛隊」
「マルガレータ キルステン中尉。国家元帥閣下からの命令書だ」
マルガレータは親衛隊から命令書を受け取る。命令書を一読すると、酒代をテーブルの上に出して立ち上がる。少々ふらつきながら親衛隊の車に乗り込んだ。
航空省に着くと大臣室へ親衛隊に付き添われて向かう。大臣室には国家元帥の他にプロパカンダの天才と伍長の忠臣がいた。
「やあ、中尉。掛け給え」
国家元帥はマルガレータに腰掛けるように命じる。
「失礼します」
「急な話だが、
プロパガンダの天才は穏やかに話を切り出す。マルガレータは国家元帥の顔を見る。
「国家元帥は快諾してくれたよ」
プロパガンダの天才は答える。
「君が優勝したあかつきには、今朝の事はなかった事にしてあげよう。どうかな?」
伍長の忠臣が畳み掛ける。
「わかりました。我が祖国の為に全力を尽くします」
「そうか。ダンケ」
プロパガンダの天才は満足そうに笑みを見せた。
イギリス、ポーツマスの司令部。司令官とポンポン砲を装備する機関銃娘が口論していた。
「なんで私じゃないんですか‼」
「君は海軍でのトップエースだろう?だからエイミーが選ばれたのだ」
「ぐぬぬ…」
その機関銃娘は悔しそうに、非常に険しい表情を浮かべていたが、反論はできなかった。そこへエイミーが報告に来た。
「お、お話し中失礼します。輸送任務の完了を報告します」
エイミーは報告書を司令官に差し出す。司令官は報告書を受け取る。
「うむ。ご苦労。任務中ジャマーの襲撃を受けたと聞いたが、ケガはないかね?」
「は、はい!ありがとうございます。全て無傷です」
「大変よろしい。そこでエイミーに新たな任務だ」
「は、はい!なんでしょう?」
「エイミー。ベルリンで開かれる機関銃娘による競技会にイギリス代表として出場せよとのロンドンからの指令だ」
「わ、わかりました。頑張ります!」
二人は司令官室を出る。エイミーは廊下でさっきの機関銃娘に呼び止められる。
「せいぜいラッキーぶりを発揮して来なさい。そうでなければ報われないわ」
「は、はい!」
そう言うとその機関銃娘はサッサと行ってしまった。
「奮闘すれども、報われない日々か…」
その機関銃娘の奮闘ぶりを毎回目の当たりにしているエイミーは、廊下の窓から澄み渡った青空を見上げて独り言を呟いた。
つづく
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