第2話「上代先輩と学食と酒」
上代先輩は俺の大学の先輩である。よく酒を飲んでいる女性だ。
以前、居酒屋で日本酒をちびちびやっていた俺に絡んできた。日本酒を大変に好んでいるらしく、日本酒を飲む奴とはだいたい友達などと言う。じゃあ俺とも友達ですね、と適当に相槌を打っていたら何故か気に入られたようで、それから定期的に酒をともにしている。
今日は酒ではなく、昼食をともに。
昼時から時間を外した学食は、すっかり空いていた。俺はコンビニの惣菜パン、先輩はパン耳のガーリックラスクをかじっている。
「だから、私なんか酒になったみたいよ」
「みたいよ、じゃないですよ」
完全に他人事のようだが、おかしな出来事に巻き込まれているのは先輩だ。自覚がなさすぎる。
髭面のおっさんにしろ、日本酒になってもらう発言にしろ、認識がふわふわしすぎている。常日頃から酒を抱えているとはいえ、先輩がここまで胡乱な言動をすることは少ない。珍しいこともあるものだ。
「あっ、トウくん、それはあれだな。信じていない顔だな」
「逆に訊きたいんですけど、神様がやってきて日本酒にされた、って俺がいきなり言い出したらどうします?」
「日が昇っている時間から酩酊するくらいの飲酒は控えた方がいいよ」
大学構内でまで酒を飲んでいる人に言われたくはない。最近では「朝起きて即飲酒って学生か浮浪者にだけ許された特権って感じで良いよね。たまにやる」などと最低な人間ぶりを披露し始めている。
いや、最低な人間ぶり、というのは、正しくない表現なのかもしれない。
上代先輩の話を真に受けるなら、先輩は日本酒になったということだ。人間の姿をした日本酒になったのか、日本酒でもあり人間でもあるのか、詳細は分からないということだが、ただの人間ではなくなったんだ私は、と主張している。
謎のおっさんが日本酒になれと言って、何やら光の粒子のような怪しげなものを振りまいて、上代先輩は日本酒になった。
本当に何一つとして意味が分からない。
先輩の部屋に不法侵入者がいて、そいつが薬物でも使って先輩にいかがわしい行為をしたのち記憶を改ざんした、の方がまだ説得力がある。
「先輩」
「ん? なに、せっかく朝から飲むのに適切な銘柄を教えようとしていたのに」
「性的に襲われたりしてませんよね?」
「日が昇っている時間から酩酊するくらいの飲酒は控えた方がいいよ?」
お前が言うな。
さておき、上代先輩は美人である。頭も良く、顔も良い。昼から酒をがばがば飲んでいる部分に目をつぶれば魅力的であることに疑いはない。酒を飲んでいることに関しても、見る人が見れば魅力となるだろう。
「トウくんが心配してくれてるのは分かるけど、あのおっさん、そういうのじゃなかった気がするんだよね。根拠はない」
「根拠がないのにどうして分かるんですか」
「日本酒になったからね」
酔っぱらいかこいつ。
水を飲んでいるかと思っていたが、もしや紙コップに入っている液体が日本酒だったりするのだろうか。
「焼酎だよ」
「そこは日本酒でしょ」
コップを突き出される。さすがに水だった。
しかし、こうして会話する分には、とても先輩を日本酒だとは思えない。やはり、先輩が日本酒であることの証明に、先輩に日本酒らしい何かをしてもらうか、謎のおっさんに話を聞くかをしなければいけないか。
「あの先輩」
「はいよ」
「唾液くれません?」
「トウくんは可愛い後輩だとは思っているけど、そういう関係になるのはちょっと早いんじゃないかと私思うんだよね」
「何言ってるんですか?」
「言わせてんの君だからね?」
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