後編「必要な存在になる」
須川はあの返事を「NO」と受け取ったらしい。もう2週間も話をしていない。
自分とはまるで喧嘩でもしたかのように気まずい関係なのに、須川が他の連中には普通に仲良く接しているのが、悲しくて悲しくてたまらなかった。
告白されてから2週間、自分も他の仲間を見出そうとした。別に須川でなくでも構わないじゃないか。仲良く日常を共に出来る人を新しく見つければいい、と。話をするのは結構うまくいくにはいった。以前よりはずっとうまくふざけたノリもできるようになった。しかしダメだった。須川でなければ他の誰と仲良くしてもさみしいままだった。心は満たされなかった。須川は「仲間」や「友だち」ではなく「須川」だった。
自分がどれほど愛されることに飢えていたのかとぞっとする。他の楽しみに夢中になろうとしても、誰かから特別に優しくされることが足りなくて、そればかり求めてしまい、頭には寝ても覚めてもそれしかない。なのに、どうして自分は須川に対して臆病になってしまったんだ。自分を愛していると言ってくれた人を。
自分は人間が嫌いだったのかもしれない。愛しても愛し返されないことを常に確認しては、心のどこかで安心していたんだ。そうやって周りを見下していたんだ。愛されたいと望んでいながら、同時に誰も愛さないでほしかったんだ。
この2週間、帰り道には星も花もなかった。彼らに全く目もくれず、一人思い悩んで歩き続けていた。世界が真っ暗だった。寂しいのはこんなにつらかっただろうか。生きていけなくなるくらいまで苦しいものだっただろうか。
自分には須川がどうしても必要になってしまっていた。あいつが一時的につるむ仲間としてでなく、他でもない自分という人間を求めているのは伝わってきていた。恋愛とか、恋人とかは今はまだよく理解できないけれど、自分も須川が誰より必要だ。今まで生きてきて、ここまでこの心をかき乱した相手はいない。
顔を上げて深呼吸し、決意した。会いに行こう。電車を降りたところだけど、すぐに反対車線に乗って、あいつの住んでいるアパートへ行ってしまおう。名前は憶えているから、何としてもたどり着くんだ。
いつもは朝に並ぶ上りのプラットフォームで、一人電車を待った。5分間、いつまでたっても経過しなかった。イライラして靴をコンクリートにこすりながら待ちつづけた。
ようやくライトが目に入り、その後ろから電車の輪郭が現れた。息が出来ないほど緊張しながら2つ目の駅を目指した。階段を駆け下りて、いつか聞いたアパートの場所を一直線に目指した。
思ったほどにはうまくいかず、道に迷った。30分くらい急いで探して、集中力も切れたころに目的の建物の名前を見つけた。聞いた特徴もぴったりだった。
また呼吸困難になりながら2階に上がって206号室の前まで来た。
死にそうになってインターホンを鳴らした。須川はすぐには出てこなかった。泣きたかった。1,2分経ってやっと出てきた。いつもの香水のにおいがした。
「安藤……」
「よう」
「どうしたの? 俺の部屋来たことなかったのに」
「前聞いたのを覚えてたから。で、何で返事聞かないんだよ」
外で話すようなことではないので、部屋の中に入れてもらった。
「返事って、あのこないだの返事?」
「須川、俺は」
喉が詰まってしまってうまく話せない。呼吸もままならない。
「俺は、もう一人では道を歩けなくなってしまったんだ。お前と一緒でないと、星も花も全然見えない」
何てセンスのない言葉だろう。こういう時は、もっと最高にかっこいい台詞を言うものだと、幼いころから信じていた。相手も男でなく、女だった。
だが実際に言えるのはこんなことだった。自分の脚を見つめながら、真っ赤になって大汗をかいて、ひどく不格好に伝えるのがやっとなんだ。好きだと伝えるのは。
それでも想いを伝えるのは本当に素晴らしいことだった。須川は長い時間をかけて、色々な本音を教えてくれた。自分と出会ってからの気持ち、恐れていたこと、性的な好みのこと、苦しかった半生。2時間近く2人で話しつづけた。他の誰にも言えない2人の秘密ができた。
帰るときに、生まれて初めてキスをされた。自分たちはもう元の関係に戻ることは出来ない。自分にとって未知なる関係、「恋人」として付き合うんだ。
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