俺の服たち

四見はじめ

第1話

 「いやあ、主様ももうすぐ大学生になるんすねえ」

 「まだ決まってはいないよ。それに、まだまだしばらくは高校生活さ」

 「何言ってんすか。んなの、あっという間っすよ。もういくつ寝たら大学生っすよ~」

 「そうかい……いつも以上にご機嫌だな、ズボンよ。主様が大学生になったからって、どうだというのだ? 今までと何も変わらないだろう?」

 「上ちゃん……それ、マジで言ってんすか?」

 「マジさ」

 「ちょっとちょっと……いくらクールっても、上ちゃんがそんな認識じゃ困るすよ。私たち上下が息合ってないと憧れの大学生活がバッチリ決まらないすよ」

 「ふ。憧れと来たか」

 「……上ちゃん。呑気が過ぎないすか? 大学生活舐めてないすか?」

 「舐めてなんかないさ。ただ、必要以上に気張ってもな。そんなの主様が火傷するだけさ。ここはいつも通りのありのままの姿で」

 「いやいやいや。もーう、舐めてますね。大学生活舐めてますよ、上ちゃん」

 「いうほど舐めてるか?」

 「べろんべろんすよ。ちょっと私危機を感じてますもん。このままじゃ主様がボッチ道を進むって」

 「そんな大げさな」

 「あのねえ、上ちゃん! 私たちが大げさに考えないでどうするんすか!? 私たち、主様の衣類っすよ!? そんなの職務放棄じゃないすか!?」

 「む……一理ある」

 「上ちゃんはそういうの無頓着すよねー。主様の体を守ることしか興味ないんすよね?」

 「まあな。主様が健康に過ごせるように気を配るのが私の役目だと思っている」

 「上ちゃんのそういう健気クールなところ、好きすけどねえ。やっぱり見た目も大事っすよ」

 「ズボン……」

 「上ちゃんだって主様がかっこよく見られたら嬉しいっすよね?」

 「悪い気はしないが……人間中身だろう?」

 「上ちゃんの言うことはわかるっす! 私も中身が大事じゃないとは思わないす! でもね、そこはそれ、これはこれっす!」

 「うむ……」

 「外面も内面もよく思われたら最高じゃないすか。私は、主様に幸せになってほしいんすよ。そこは上ちゃんと同じっす!」

 「……ふふ、そこを疑ったことはないよ」

 「上ちゃん……」

 「すまなかった、ズボンよ。どうやら私の思慮が足りなかったようだ」

 「いやいや! 上ちゃんはそれでいいんす! 考えが違うのも、役割分担って奴っす! どっちも必要なことっすから!」

 「うむ。それで、具体的にどうする? 何をしたら主様のためになるだろうか?」

 「そっすねー。私たちがあれこれ考えてもそのまま主様に反映されるわけじゃないすからねー。いくつかパターンを考えて、主様に気に入ってもらえるのを見つけるしかないすかね」

 「主様もあまりお洒落に気を遣う方ではないからな。あまり派手なのは難しいかもしれんな」

 「っすね。正直今の私たちは野暮ったいす」

 「そうかな。例えばどういうところが野暮ったいんだ?」

 「うーん、まず上ちゃんっすよね。上ちゃんのその恰好、イケてないす」

 「むむ……」

 「黒一色ってなんすか。ファッションのファの字も感じられないす」

 「しかし黒は高貴な色だと……」

 「シンプルが度を過ぎてるんす! なんで黒だけなんすか! んなの着る理由なんて返り血を浴びても目立たないようにってくらいすよ!」

 「しかしなあ……」

 「上ちゃんはもっと可愛いんす! もっと可愛いのがいいんす!」

 「ば、ばか……そんなの主様に似合わないだろ……」

 「あ……そ、そっすね……へへ……」

 「まったくもう……文字入りのとかどうだ? 前に主様の見てたアニメにそういったのがあったぞ」

 「あー、なんか変な言葉載っけたTシャツ着てましたね。大学でだったら意外と一周回ってありだったりするんすかね?」

 「外国人もそういうの着てるって聞いたことあるぞ」

 「一部の人がすよね。んー……でもなんか、そういうネタ感あるのは好きじゃないす」

 「ネタ? 格好良くないか? ほら、風林火山とか載っけてさ」

 「上ちゃんは武将とか好きすよねぇ」

 「へへ……」

 「でもそりゃないすよ」

 「ないか……」

 「まま、上ちゃんのそういう格好見てみたいすけどねー。いつも地味なのしか主様着ないすから、いつもと違う上ちゃんも見てみたいっす」

 「私なんか何着ても不格好さ」

 「そんなことないっす! 上ちゃんは可愛くて、美人で、優しくて、スタイル良くて、胸もでかくて、誰よりもかわいいんすからね!」

 「……ん、んん! お前の方こそ、か、可愛いじゃないか。いつも笑顔で、明るくて、女の子っぽくて……私なんかよりもずっと……」

 「そんなことないす! 上ちゃんの方が可愛いす!」

 「い、いや! ズボンの方が……!」

 「上ちゃんの方が!」

 「ズボンの方が!」

 「……」

 「……」

 「な、なにしてるんすかね……私たち……あはは」

 「は、恥ずかしいな……」

 「……でも、あれっすね」

 「……なんだ?」

 「いつか、主様が目いっぱいお洒落して、私たち一緒に出掛けられたらいいすね」

 「う、まあ……そうだな」

 「そういうのデートって言うんすかね?」

 「違う、ような……違わないような……」

 「私たちバッチリ息が合って、外にいる人間たちを圧倒するんす! 上ちゃんの可愛さを見せつけてやって、そんな上ちゃんを私も堪能するんす!」

 「ば、ばかいうなよ……」

 「……でも、いつかそんな日が来てほしいす」

 「……」

 「……上ちゃんは、そう思わないすか?」

 「……私もそう思うよ。お洒落してズボンと一緒に出かけられたらって思うよ」

 「上ちゃん……」

 「ズボン……」

 

 「……黙って聞いてたら、ずいぶんと楽しそうですねえ?」

 「な!」

 「だ、誰すか?」

 「……主様が晴れ晴れしく大学デビュー? 友達作って彼女も作って青春を満喫しますって? あなた方はそれでいいんでしょうけどねえ……!?」

 「お、お前は!」

 「パンツちゃん!」

 「私は認めません……! 主様は今まで通り女っ気のない生活を続けていればいいんです……!」

 「馬鹿な! お前は主様の不幸を願うというのか!?」

 「そうすよ! 何考えてるんすかパンツちゃん! 今のままだとパンツちゃんも他人にお披露目される機会がないんすよ!? 異性と言えば主様のお母さんに洗われるだけの毎日でいいってんすか!?」

 「いいですよお……それで、主様が私に愛をくれるのでしたら……うふふ」

 「な、お前、何を言ってるんだ!」

 「は、破廉恥すよぉ……」

 「んっくっく……何も知らない生娘たちが囀ること……」

 「ちっ……小さいころはおねしょに、最近でも振り切れていない小便! 挙句にむせうにょうにょ、ちんごにょにょううんの匂いに当てられる毎日で、気が狂ったか……!?」

 「あなた方にわかりますかあ……? 私越しに御指でご子息を弄られるあの何とも言えないじれったさが……あなた方にわかりますかあ!?」

 「なんという迫力……!」

 「な、なんかやばいっすよ……」

 「大学デビューなんてさせません……! あなた方にはここで死んでもらう他ないようですね」

 「一人で私たちにかなうと思うのか……!?」

 「誰が一人だと言いましたかあ?」

 「なに……!」

 「靴下! 出てきなさい!」

 「ウヴォエァ……ウオアァ……」

 「靴下……なんという悪臭……! まるでゾンビじゃないか……」

 「ウオアアアアアアアアアァアアア!」

 「キャー!」

 「ズボン!」

 「アーハッハッハッハッハ! 狂いなさい! 主様の雄臭によがりなさい!!」

 「うう……臭いすよぉ……」

 「ズボーン! 待ってろ! 今助ける!」

 「誰がここを通すと言いましたか!!」

 「パーンツ!!」

 「ボクサーパンチ!」

 「ぐっ!」

 「……うふふ……精子の匂いって最高じゃない……?」

 「色狂いがあ……!!」

 「アーハッハッハッハッハ! 乳首を弄るあなたに言われたくないですねえ!」

 「弄ってない!」

 「どうなんですかあ!? 頭が擦れてどういう気持ちなんですかあ!?」

 「くそ、会話が通じないのか!?」

 「ちょ、もう無理っす……心がきついっす……臭い成分が直で目にくるんすよ……」

 「ズボーン!」

 「クスクスクス……もうあきらめましょう……? 私たち、仲間じゃないですか……?」

 「ぐっ……お前たちから襲っておいて、どの口で……!」

 「ここで死ぬよりいいじゃないですかあ……それに、私たちのこと、分かってくれるって信じてるんですよ、私」

 「何を……!」

 「……ねえ、ズボンちゃーん。あなたなら、分かってくれますよね……?」

 「ええ!?」

 「戯言を言うな! ズボンはお前みたいな変態じゃないんだ!」

 「そうすよお……変なこと言わないでくださいっす……」

 「クスクス……カマトトぶっちゃって」

 「なんすか……」

 「……チンポジ」

 「!」

 「チンポジ……?」

 「主様はねえ……外にいるとき、時々ご子息のポジショニングを気にされるんですよお……」

 「……」

 「だからどうした」

 「でもほら、まさか、みんながいる前で、直で触るわけにもいかないですよね? そんなの変態じゃないですか……」

 「わけのわからないことをいつまでも……要点を言え!」

 「……ズボンちゃんのポケット越し」

 「!!」

 「!?」

 「ズボンちゃーん。私、分かっちゃうんですよ……だって、ズボンちゃんのポケットが私のことを嫌らしく触っているんですもの……」

 「ち、ちが! 私じゃないす! 私が触ったんじゃ!」

 「同じことです。伝わってくるんですよぉ……ズボンちゃんの鼓動、体温、興奮具合が……」

 「そんなわけないす! 上ちゃんの前で、へ、変なこと、言わないでほしいす!」

 「ズボン」

 「う、上ちゃん! ち、違うんす! こ、こんなの、違うんす!」

 「何が違うんですかあ……? このド淫乱耳年魔……」

 「嘘っす! 嘘っす! 違うんすよお! 上ちゃん!」

 「私、ノーパンになってもいいんですよ……?」

 「な!」

 「私、ズボンちゃんのためにノーパンになりましょうか……? そうしたら、ほら、ズボンちゃんは直で……」

 「あ、あ、あああ……」

 「毛がチャックに挟まっちゃうかもしれませんねえ!」

 「あああああああああああああああ!」

 「ズボン!」

 「う、えちゃん……違うんす……こんなの私じゃないす……」

 「ズボン」

 「……嫌わないで」

 「……嫌うもんか! ズボンはズボンだ!」

 「あ……」

 「……あらあら~美しいと、言えばよろしいんでしょうかあ?」

 「……パンツ。認めるよ」

 「はあ?」

 「お前たちは、私たちと同じだ。綺麗も汚いも包み込む同じ衣類なんだ」

 「クスクス……それで?」

 「……仲間になろう」

 「へええ? 本当に? あなたの口からそんな言葉がでるだなんて、これは驚きましたねえ……!」

 「上ちゃん!」

 「……一緒に、主様を大学デビューさせないか?」

 「……はあ?」

 「上ちゃん……?」

 「私は理解したんだ。私とズボンだけじゃない。主様を包むすべての衣類が一致団結しないとだめだと」

 「……」

 「……私は主様を絶対視しすぎていたのかもしれないな。私は出しゃばり過ぎず、ただ添えられているだけに過ぎないと」

 「……」

 「でも違うんだ。主様の汚いも、綺麗も、大事なところも、すべてを受け止めてるのが私たちなんだって……」

 「……」

 「上ちゃん……」

 「だから、一緒に支えよう? 主様のすべてを支えて、華々しい大学生活をおくらせようじゃないか。本当は、お前だって主様の幸せを願っているんだろう?」

 「……戯言はそれで終わりですかあ……?」

 「……」

 「聞くに堪えない戯言は……それで終わりかって言ってるんですよおお!!」

 「パンツ!」

 「靴下! もう加減はいりません! 全てを、全てを消し去りなさい!!」

 「ウヴォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 「う、上ちゃーん!」

 「……ふん!」

 「ウヴォ!?」

 「な!」

 「受け止めた! だけど、それだと悪臭が!!」

 「ウヴォア! ヴォ! ヴォエ!」

 「……辛かったな」

 「ヴォア!?」

 「疎まれて、蔑まれて、悲しかったろう……? もう、大丈夫だ。私が、お前を受け止めよう」

 「ウヴォア! ヴォヴォヴォ! ヴォー!」

 「……怖くない。もう怖くないんだ……」

 「ヴォアアー! ヴォア! ヴォ!」

 「……」

 「……ヴォア、ヴォアアア……アアア……」

 「……泣いてるっす。靴下が、泣いているっす……」

 「お前はもう一人じゃないよ」

 「アア……あああ……ううあああ……」

 「……こ、この……上ええぇえええぇえええええ!!!!!!!」

 「パンツちゃん!」

 「……ふん!」

 「上ぇえ……! 私は! お前が! お前がああああああああ!!!!」

 「……お前も認めてもらいたかっただけなんだろう? 自分のことを、誰かに……」

 「黙れえええええええええええ!!!!!!!」

 「パンツ……!」

 「はぁ……はぁ……! ブリーフ……トランクス……ボクサーパンツ……!」

 「詠唱か……だがその程度……」

 「……ショーツ……ガーターベルト……!」

 「な! 女用!!」

 「禁忌っすよ!! パンツちゃん! やめるっす! それは破滅の呪文っす!」

 「アハハハハハハハハハハハッハ! かぼちゃパンツゥ!!」

 「我を忘れているな……このままでは世界が滅びるかもしれない」

 「そ、そんな……」

 「……ズボン……力を貸してくれるか?」

 「でも……私じゃ……」

 「私たちのコンビネーションなら大丈夫さ。お似合いだろ? 私たち」

 「……」

 「いつか、二人で出かけるときのために……人間どもを圧倒するのなら、こんなところで躓いてたら駄目だよな」

 「……上ちゃん! そうっすね……そうっすよ! 私たちならやれるっす! 絶対デートするっすよ!」

 「ふふふ。さあ、いくぞ!」

 「はいっす!」

 「何を乳繰り合ってんだてめえらあああああああ!!!!」

 「危ない!」

 「ヴォ!」

 「靴下!」

 「今だヴォ! おねえちゃん!」

 「こ、この、裏切り者がああああああああああ!!!!!!」

 「これで!」

 「終わりっす!」

 「ああああああああああああああ!!!」

 「「シャレオツ!!」」

 「……」

 「はあ……はあ……」

 「……やった、すか?」

 「……クスクス」

 「!? まだ……!?」

 「くっ!?」

 「……お待ちなさい。もう、私に力は残されていません」

 「……」

 「……潔く、負けを認めましょう。あとはあなた方の好きにすればいいでしょう」

 「パンツ……私たちと……」

 「……クッ。寝言は寝ていってください。誰があなた方生娘なんかと……」

 「パンツちゃん……」

 「せいぜいきれいごとを言っていればいい。あなた方はそうしてればいいでしょう……」

 「……パンツ」

 「……では、ごきげんよう」

 「……行っちゃったすね。パンツちゃん」

 「何……また会えるさ」

 「……そうっすね」



 「……それにしても、問題はこれからだろうな」

 「そっすねー! 主様を大学デビューさせるだなんて、よくよく考えたら難しすぎるっす。お洒落の欠片もないっすからね!」

 「うむ……私たちが頑張らねばな……ん? あ……」

 「上ちゃん? どうしたっすか……あ……」

 「……」

 「……」

 「……主様」

 「……浪人っすか」

 「……ニートかも」

 「……」

 「……えええ?」

 

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