異常性癖とデスゲーム

四見はじめ

第1話

 さあて、あなた方の置かれている状況はご理解いただけましたか?

 「……」

 あなた方は4人ともどもただの人間ではありません。あなた方はいわゆる思念体という存在で、そのコンセプトは異常性癖です。要するにあなた方は異常性癖そのものなのです。それがあなた方を表す言葉であり、存在理由でもあります。

 「うるせえよ。なんで私たちをここに閉じ込めてんのか、理由をさっさと言え」

 あなた方にはこれからいくつかのお題をクリアしていただきます。全部クリアし終えたら、あなた方は外に出ることのできる鍵を手に入れることができるでしょう。

 「おい」

 「ど、どこから声を出してるんですか? あなたは誰なんですか?」

 スピーカーからです。さあ、それではさっそく、一つ目のお題をあなた方にお出ししましょう。サービス問題ですよ。

 「ちょっと待って。待ってよ。いろいろ訊きたいことはあるけど、あのさあ」

 ああはいはい、言い忘れていましたね。あなた方一人ずつに部屋が割り当てられています。そこに扉が並んでいるでしょう? 中から鍵がかけられて、ちっとやそっとじゃ壊れない頑丈な扉です。ご自身の安全地帯と考えてよろしいですよ。

 「じゃなくて、じゃなくてさ。いや、この部屋に重要な突っ込みどころあるよね? 気になるのボクだけ? いやもうこの状況からしてすでにおかしすぎるけどさ。ねえ、君も気になるだろ?」

 「……そこの、なんだ、スピーカーから声出してる奴」

 GMとお呼びください。

 「状況の理解のためにいくつか質問をしてもいいだろうか?」

 どうぞどうぞ。

 「何で私の質問には答えねえんだよ!」

 「まあまあ落ち着いてよ」

 「うっせえよ! ていうか誰なんだよてめえらは!」

 「お、落ち着いてください……」

 質問するならさっさとしてくださいよ。しないなら進行を続行していいですか?

 「なんなんだてめえはよぉ!」

 「いいから落ち着け……まず先ほど確認したとおり、私たちにはこれまでの記憶がない。これはお前の仕業によるものか?」

 お答えできませーん。

 「あー! もうこいつ、殺す!」

 「どうやって殺すのさ! もう向こう行ってよ? ね? ちょっと、この人引っ張るの手伝って!」

 「うええ……お、落ち着いてくださいよぉ」

 「放せや! クソ!」

 あっはっは、宇宙人のごとく引きずられていきますねえ。

 「……二つ目の質問。ここに放置されてるこの死体はなんだ?」

 お答えできませんね。

 「こいつは私たちの関係者か?」

 お答えできませんねえ。

 「……お前が殺した人間なのか?」

 お答えできませんですな。誰が殺したんでしょうねえ。あはははは。

 「……どうやらお前はまともに答える気がないようだな」

 そうでしょうねえ。でも私、これまでに嘘だけは言ってませんよ。

 「ふん、私たちが人間ではなく思念体だとかいう戯言もか?」

 おや、それだけはあなた方は実感を持って嘘ではないと確信できるはずですが。

 「なんだと?」

 あなた方が異常性癖そのものということですよ。存在の根幹に根差した性質です。人間っていうのはもっと自由な生き物なんですよ?

 「……」

 「……ふう、やれやれ。ねえ! もう大したこと訊けないだろうからさ、なんだか知らないけど先進めてよ!」

 そうですね、ではそちらのうるさい方も聞いてください。

 「ああ!?」

 「静かに……」

 あなた方にはこれから一つ目のお題に挑んでもらいます。大したことではありません。あなた方全員のお名前を、そこに置かれている用紙に記入いただければいいのです。

 「……なんだそりゃ」

 「……だ、だから、記憶がないんだって……」

 性癖を書いてくれれば結構です。書かないといつまで経ってもお題クリアとなりませんよ。

 はい、それではスタート! もう始めてください。

 「……えらく拍子抜けだな。課題と呼べるかもわからない」

 「……つーかよ、意味わかんねえよ。何でそんなの私がやらなきゃならねんだよ。お前誰だよ。私誰だよ。なんなんだよこの状況はよ! 意味わかんねえんだよ!!」

 壁を叩かないでください。

 「うっせえ! 誰がお前の言うことなんて聞くか!! 死ね!! お前絶対殺してやるからな!!」

 じゃあどうするんですか。そのままじっとするんですか?

 「……やってらんねー……部屋があるんだったな? 私、そこにずっと籠るわ。お題なんて知ったことか。勝手にやってろよバカバカしい……ったく……」

 「え、ちょ、ねえ……」

 「うるせえ! 何しようが私の勝手だろ! 私は部屋にこもる!」

 「そうじゃなくてさ、いや……え?」

 「……な、なんで死体引きずってるんですか……?」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……私の勝手だろ」

 「勝手ではない」

 「……」

 あーあ、死体と一緒に閉じこもっちゃいましたね。中で何するんでしょうかね。

 「え、ね、ねえ。何する気なのかな。あの人中で何する気なのかなあ!?」

 「わ、わ、私に聞かないでくださいよお……」

 「……ネクロフィリア<屍体愛好者>、か。一応書いておくか」

 

 さてさて、一人名前が判明しましたね。この調子で頑張ってくださいね。

 「ふむ。一体このお題に何の意味があるのだろうか……? なあ、どう思う?」

 「ねえ!? 何するのかな!! 今、今一体何してるのかな!!」

 「え、ちょ、ど、どうしたんですか? 何で興奮してるんですか」

 「気になるなあ……すごく気になるよ……カギ閉めちゃったんだよな……こっそり開けて見れないなあ……」

 「なんだお前は」

 「か、鍵穴から! 鍵穴から見れるかも! 鍵穴!」

 「あ、ちょっと!」

 「むう……」

 ネクロフィリアさーん。見られてますよ。

 「ばらさないでよ! はあはあ……」

 「これはいったい……?」

 「スコプトラグニア<性行窃視性愛>、か? ふむふむ……」

 

 「ぎゃー!」

 「ど、どうしたんですか!」

 「目が! 目があ! 中から何かで刺された!」

 「え! 目が!?」

 部屋の中には鋭利なものもありますからね。探せばちゃんとした武器だってありますよ。

 「大丈夫か?」

 「大丈夫じゃないよ……これじゃあ中をのぞけないよ……」

 「そういう問題か?」

 「ちょっと見せてください」

 「血が出てるよ……これやばいかも」

 「……これはちゃんと眼球を取り除く必要がありますね」

 「……へ?」

 「ん?」

 「いや、眼球を取り除く必要がありますねって」

 「いや怖い怖い、何? 急に何?」

 「ここに丁度眼球を取り除く器具がありますよって」

 「何でそんなの持ってんだよ!!!!!! うわああ!!!!!!!」

 「おいおい……」

 ああ、所持品については何も没収してませんから。初期装備のままですよ。

 「初期から何装備してんだよ!!!!!」

 「暴れないでください……綺麗に取れないじゃないですか……贅沢に耳も取っちゃいますよ……」

 「うわ、うわわわあ!」

 「これは……迷いどころだな。アポテムノフィリア<身体欠損性愛>、かな?」

 あ、お二方、後ろ危ないですよ。

 「え? ぐえ……」

 「あぐっ……」

 「ネクロフィリア……お前……何してるんだ!」 

 「部屋の中の人壊れちゃったから。でもまだ満足してねえし」

 お盛んですね。まだもう二人も必要なんですか?

 「いや、できれば、もう一人」

 「お前……!」

 興奮しきってますね。そんなところ水を差すようで申し訳ございませんが、そこの二つの死体をご覧ください。

 「……あ? 消えてる?」

 言ったでしょう? 思念体だと。死んだら消えますよ。

 「……なんだ」

 「あ、待て!」

 また閉じこもっちゃいましたね。どうしますか?

 「どうもこうも……お題とやらはまだ継続可能なのか?」

 続ける気があるんですね? まだ可能ですよ。あ!

 「なんだ」

 あーあ。

 「なんだ一体!?」

 いやまあ、ネクロフィリアさんがですね、今自分で死んでしまって。

 「は!? 何でだ!?」

 腕を自分で切り落としたんですよ、しょうがないからオカズの代用にしようとしたんでしょう。でも大丈夫だと思ったんでしょうか?

 「……狂ってる」

 どーうーしーよーうーかーなー。

 「ど、どうするんだよぉ!」

 あーあ……なんかここまでクソだと気分下がりますねえ。ネタ晴らしでもしてとっとと終わりましょうか?

 「……は?」

 まずあの最初からあった死体ですが、あれが始まりの黒幕です。

 「え? は? 終わり?」

 陰陽師とか言ってましたね。依り代を使って私たちを創り出して、ここに閉じ込めたそうです。

 「依り代? ま、待て、は?」

 目的はなんていえばいいんですかね? そういうのが好きだったんだとしか説明できませんね。私たちをデスゲームに追い込むのを見て興奮していたそうです。やることが奇抜でものすごかったですね。真に怖いのが人間だって話ですよ。

 「お、お前は、お前はなんなんだ!?」

 私はゼノフィリア<赤の他人性愛>です。そして、今は二週目です。

 「二、週目?」

 一週目の私たちは一致団結して黒幕主催のデスゲームを攻略していきました。まあ全部私が取りまとめたんですけど、楽しかったですねえ。目が覚めたら知らない人間だけで、興奮して思わず全員と仲良くなっちゃいましたよ。

 「は? は?」

 でも、あなた方のことが段々どうでもよくなってきまして、あとは下降するのみ。まああの陰陽師からすべてを聞き出す辺りはかなり良かったのですが、その後はもう蛇足以下のクソでしかありませんでした。

 「お、お前は……何がしたかったんだ?」

 一言でいえば、執着です。

 楽しかった時が忘れられなくて、またデスゲームを始めてみたんです。陰陽師から更にすべてを訊きだして、あなた方をちょちょいと作り直しまして、私がGMとなったわけです。

 「……」

 知らないあなた方に出会いたかった。条件を変えて、私の知らないあなた方を知りたかった。姿と心を異形に変えても良かったのですが、私が作りかえても本質的に意味ないですしねえ。結局記憶だけ初期化したのです。

 「……お、お前」

 しかし、どうしようもなく時間の無駄だった。あなた方は私の期待のはるか下を行った。こうなるだろうなって思ってましたけど、なんで本当にこうなってるんですか? 何ですぐ死んでるんですか? 逆に驚きですよ。知っていたとはいえ、見た通りのあなた方の矮小さ加減に。

 「……」

 今あなたが何を思っているか当ててあげましょうか?

 「……え?」

 がっかりしているのでしょう? 理不尽に巻き込まれたこのゲームがこんなバカバカしい終わり方を遂げようとして心底がっかりしているのでしょう?

 「……」

 あなたはシンフォフィリア<大規模災害性愛>の一種です。この理不尽で異常で自分の世界を簡単に揺るがす事態に巻き込まれてどうしようもなく興奮していたのですよ。この先自分はこのゲームに巻き込まれてどうなってしまうのだろうと、あなたはこのゲームが最高に理不尽で強力なものだと期待していたのですよ。だからあなたはワクワクしてゲームを進めようとした。そりゃ記憶まで消されてたら期待しちゃいますよねえ。

 「……」

 さて、では最後にあなたに選択肢を与えましょう。

 「……選択肢?」

 一つはここから出ることのできる鍵。もう一つは、自殺用の薬。よいしょ。

 はい、どーぞ。

 「……」

 疑いますか? もしかしたら罠かもしれないと疑いますか? 今与えられた鍵は私の仕掛けた罠で、ゲームは続いているかもしれないと疑いますか?

 「……」

 もしかしたら私の今言っていたことが全部嘘で、期待は裏切られてなくて、この理不尽でどうしようもないこのゲームはまだ終わっていないのかもしれないと疑いますか?

 「終わってない?」

 あなたが今理解した通りです。その鍵は外に通じています。外に出ればあなたは平凡な生活を送れることでしょう。戸籍とかいろいろありませんから苦労はするでしょうけど、まああなたが頑張ればそれなりの生活はおくれるんじゃないのでしょうか。

 「……」

 時間が経って、このことを思い出すたびに、あなたはがっかりするのでしょうね。くだらない事情で、くだらない成り行きで、くだらない幕引きで、最初にあなたを支配していた大きな期待と興奮は偽物だっただなんて。

 「偽物、なのか? 今の私の幸福な感情は偽物なのか?」

 それは、あなたが確かめてください。どうそ、鍵を手に取って、確かめてみてください。

 「……」

 さあ。

 「……うぐ、かはっ……」

 ……。

 「……」

 なんでそこで自殺するんですかね。いや予想通りですけど。あなたは私の考えている通りの馬鹿なんですか? 外にだってあなたの興味を示すものはたくさんあるでしょうに。どうしてそうあなた方は刹那的なんでしょうか?

 「……」

 うんともすんともいいませんね。

 「……」

 あ、消えた。

 ……はあ。不自由ですねえ。期待外れですねえ

 ……あーあ、しんどい。

 新しいの探さなきゃ……。

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異常性癖とデスゲーム 四見はじめ @shajime

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