終わりから始まる必然という名の物語

楠樹 暖

終わりから始まる必然という名の物語

 最初のミサイル攻撃から十年が過ぎた日、七回目のハイパードライブを終えたときにその惑星は姿を見せた。

 青く輝く水の惑星。

「ここが僕らの第二の故郷になるんだね」

 幼い息子を抱きかかえた妻がそっと僕の方へ肩を寄せる。

 医療センターから駆けてきた男が吉報を持ってきた。

「産まれたぞ! 今度は女の子だ」

 地球を旅立った移民船で産まれた二番目の子供。

 僕らの子と新しく誕生した子が、第二の地球の新しい世代の人類となるだろう。

 スクリーンに映し出された希望の惑星を僕らはずっと眺めていた。


 移民先の惑星へ辿り着いたのは偶然ではなく必然である。

 何のことはない。銀河連邦人に教えてもらったのだ。

 ハイパードライブ航法を取得した移民船に対し、銀河連邦人が示した座標は銀河の辺境だった。

 新たな銀河連邦の一員として名を連ねることになった地球系知的生命体への福祉対策として提供された惑星である。

 辺境の惑星のため銀河連邦の開拓惑星のリストには入っておらず放置されたままだったのがちょうどよかった。

 未開の惑星であるため開拓は自分たちで行う必要があったが、技術的指導は銀河連邦人がボランティアとして行ってくれるので心配はない。

 こうして、移民船は進路を青い惑星へと向けたのである。


 それまで子供を作ることを禁止された移民船で、僕らが子供を持てたのは必然である。

 元々移民船の中では人口は制御され、勝手に子供を作ることは許されなかった。

 ダメ元で申請をしたのがすんなりと通ってしまったのは驚いた。

 どうやら元々移民船政府では、そろそろ人口を増やす予定だったのである。

 ちょうどそこへ、僕と妻の夫婦が申請を出したというわけだ。

 かくして移民船内で産まれた初めての子供が僕らの新しい家族になったのである。


 移民船政府が人口制限政策を転換したのは必然である。

 移民船のハイパードライブ航法対応への換装が済み、生活が安定してきたからである。

 元々の移民船はハイパードライブ航法を備えてはいなかった。

 光の速さの半分の速度しか出せない移民船は、隣の恒星のアルファケンタウリへ行くのにも十年かかる計算だった。

 アルファケンタウリに人間が住める惑星があるわけではなく、他の恒星に行くには更に時間が必要だった。

 移民船は何世代にも渡り恒星間飛行を続け、居住可能な惑星を探す予定だったのである。


 銀河連邦人を名乗る異星人が我々の移民船に遭遇したのは偶然ではなく必然である。

 最初のミサイル攻撃から五年、地球を離れてから三年目に他の知的生命と接触をした。

 元々、彼らは地球を観測していたのだ。

 戦争が始まる前に事前に止める予定だったが、銀河連邦の本星からの連絡が遅れて戦争回避に間に合わなかったことを詫びていた。

 また、彼らは我々を探すのに手間取り、時間がかかってしまったことも詫びていた。

 銀河連邦人は、移民船のためにハイパードライブ航法システムの技術を提供してくれた。

 三年に及ぶ工期を経て、移民船はハイパードライブ航法を取得したのである。


 僕が妻と結婚したのは運命のイタズラなどではなく必然である。

 地球を旅立った頃の移民船の中では自由恋愛などは許されなかった。

 遺伝子の交配は管理され、移民船政府が決めた相手と婚姻関係を結ぶことに決まっていた。

 僕も最初は見ず知らずの女性と結婚することになると諦めていた。

 しかし、移民船政府が要請してきた結婚相手は僕の昔からの知り合いである今の妻だった。

 あとで分かったことだが、雑多な種族が暮らす移民船だが、最初の交配は同じ民族同士で行う計画だったらしい。

 家が近所であった僕と妻は元々結ばれる可能性が高かったのである。


 僕と妻が移民船に乗れたのはある意味必然である。

 最初のミサイル攻撃で人口の半分を失ってしまった人類だったが、僕らの住んでいた町は被害を免れ、汚染も少なかったため移民船の住民に選出されたのだ。

 全世界の生き残った人が集められ移民船は汚染された地球を離れ、人類という種を残すため新たなる居住可能惑星を探す旅に出たのである。


 僕らの町が最初のミサイル攻撃の対象から外れていたことは必然である。

 目立った産業もなくしょぼくれた町など攻撃対象にする意味はないからである。

 都会に住むことを願っていたこともあるが、都会に住んでいたら真っ先に死んでいたことだろう。

 その時ばかりは、僕は田舎に産まれたことを感謝した。


 最初のミサイル攻撃が行われたのは必然である。

 国と国との不可避の争いは全世界を巻き込んでの戦争へと発展した。

 殺される前に殺せ。

 そう駆り立てられた国の代表たちがボタンを押したのである。

 無数の光と長く伸びる雲。

 青い空に映し出された絶望の徴を僕はずっと眺めていた。


 ――彼は独り、荒野の真ん中で倒れていた。

 最初のミサイル攻撃は人類のほとんどを一瞬で蒸発させてしまった。

 二回目以降のミサイル攻撃は、もはや人が居なくなった瓦礫を目指して行われた。

 僅かに残された人間も汚染により徐々にその数を減らし、とうとう彼が最後の一人となってしまった。

 力尽き、命の火が消えようとしている彼は、ボロボロになりながらも微笑んでいた。

 人類最後の男の見る夢が、希望に溢れた奇跡の物語であったことは必然だったのかもしれない。


(了)

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終わりから始まる必然という名の物語 楠樹 暖 @kusunokidan

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