十二.
ぞくり。
前進の毛が逆立ち、皮膚が粟立つ。
巨大な。
それはその言葉がふさわしい形容詞だと思えた。
何かが腐敗したような、死体の山の中に放り込まれたような臭気があたりに漂う。
俺は顔を
しかし、村人たちは未だ地面に額を擦りつけ、胸の前で手を合わせながら恍惚とした表情で賛辞の言葉や呪文を唱えることで熱心に神を崇めている。
まるで何も感じていないように。
それは、異常な光景だ。
「……これが神だって?」
俺は独りごちる。
「本気で言っているのか」
黒山のようなそれは、よく見れば手や足が無数に生えている団子状の物体で、目玉が隙間からぎょろりとこちらを見つめた。唇のように開いた切れ目からは怨嗟の声が漏れる。
無念、憎悪、悲嘆。ありとあらゆる暗い感情が霧の如く吹き出してあたりに
俺はこれを知っている。この黒山の正体は戦場や虐殺のあった場所で現れる、人の恨みや嘆きの思念の塊だ。
目の前に立っていると、真綿で喉を締め付けられるような、無数の獣に囲まれているかのような圧迫感を覚える。
俺は口を開いて村人に声をかけようとし、すぐにそれを思いとどまった。
俺にはこれが化け物にしか見えないが、村人たちにはきっと救いの神に見えているのだろう。
見えている間は、囚われている間はきっとこちらからの声は何も届いていない。
神は村人たちの中に俺という異分子を見て取ったのか、大きく震えると咆哮した。
最早個体としての思念はないだろうが、その声には怒気が含まれているように感じられた。
かちかちかちと鞘が鳴る音に気づき、俺は腰にかけてあった彼岸と火鉈を押さえた。
「震えているのか」
恐怖ではなく戦闘本能のような武者震いだろう。目の前にいるものはそれほどの大物だということだ。
「……」
俺は沈黙したまま思考する。
これを斬ったところでおそらく何にもならない。
村人は生贄を求め、人を神に捧げ続けるだろう。神が本当にそれを求めているかどうかなど知りも考えもせず。
常に紡がれるのは生者の物語だ。ここに生きているものが自分の都合のいいように物語を作っていく。
俺は歯噛みした。
どうすればいい。
俺はどうすれば、あいつをここから連れ出すことができる。
その時、村人の列が再び割れ歓声が湧き上がった。
俺は振り返る。
そこには、村人に縛られ引き連れられた。
あかつきの姿があった。
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