九.

「この村は見てもわかるように外部を排除することで繁栄してきた。私の母はこの村の出身でな。見ての通り、この村は余興も余裕もない閉鎖的な空間だ。お前も入ってきた時にそう感じたのではないかと思うが。

母はそんな村の様子に嫌気がさして若い頃に村を飛び出したと言っていた。最も理由はそれだけではないらしいが。

私の母の一族は代々村のまじないを請け負っている特殊な力――、平たく言えば天や地や人の理を読むのに長けた家系でな。人とは異なる力があるかわりに、人から利用され村に縛り付けられるよう宿命づけられていた。風のように自由の人だった母にはそのような暮らしが耐えがたいものであったらしい。そのことも村を離れた理由の一つであろうな。そして、娘である私も多分に漏れず母と同じ力を引き継いでいる。ふふ。……信じるか信じないかはお前次第、だがな」

「さて、村を出てからというもの母は流れの芸人をしながら食ってきたらしい。元々器用で身も軽かった母には芸をしながら生きていくのは性に合っていたそうだ。そうして古今東西津々浦々を渡り歩く内に一人の男に出会い、子を身籠もった。身体の不調を感じた母は里へ帰り、一人の子を産んですぐに亡くなった。その子が私というわけだ」

「父は百姓だと母は言っていたそうだ。また別の時には都の貴族だとか地主だとかも。本当のことは分からんよ。母はいつも人を煙に巻くような話しかしなかったからな。或いは、それが世を渡っていくためのすべだったのかもしれない。なんにせよこれは全て人づてに聞いた話だ。私が物心ついたときにすでに母はおらなんだからな。それから私は地主様の家で育てられた。物心つくまでは地主様の子に交じってその子たちと変わらない生活を送っていたよ。座敷に入ったのは十の時だ。それまでは家の母屋で比較的気ままに育てられた。村の大事な巫女としてな」

「巫女。そう、この村には祀られる『神』がいる。そして、その神を鎮めるための巫女を、村はずっと大事にしてきた。村の禍を避けるものとして、厄から遠ざける守りとして。言い換えればそれは生け贄ということなんだがな……。この村の、古くからの言い伝えだ。森には神が棲んでいる。そしてその神が村を守っている。そう長年信じられてきた。……そして、その伝説の始まりを誰も知らなくなるほどの長い時が過ぎた」

「神自身がこの村を守っている、その伝説自体事実かどうかはしらんがともかくも、村はその教えを守ってきたおかげで今まで無事にやって来たわけだ。そう、今まで。そのように皆が信じている。けれども、これから先はどうもそうはいかないといったところだ。封じの力が綻びようとしているからな」

「これまでもこんなことは何度かあったのだ。その度になんとか繕ってきたが所詮は危うい賭けでしかない。堤の切れそうな大河と一緒だ。一つ穴が開けばあっという間にそこから災禍が溢れ出す。状態はもうそんなところまできているんだ。今年は人が死にすぎた。穴は誰かが完全に開く前に塞がなければならない。では誰が。そんなことは決まっている」

「その鎮めの役として私が選ばれたわけだ」

「名誉な役目と心得ている。そのために私は神の贄となり、この身を神に捧げることと相成ったのだ。……だいたいの事情はこういうところだ。理解できたか」


 俺はこの村の話とあかつきの過去を織り交ぜたあかつきの一人語りが締めくくられるまで待って首を縦に振った。


「……ああ、だいたい」

「そうか。では口を挟まないでいてくれるな」

「その前に、一つ聞かせろ」

「なんだ」


 そう言って俺を見たあかつきの顔を俺は真っ直ぐに見返した。


「名誉な役目と言ったな。本当にそう思っているのか」


 あかつきは一瞬ぱちくりと目を開いて俺の目を覗き込んできたがそこに何を見て取ったのか微笑みを浮かべると頷いた。


「ああ」

「……そうか、それならいい」


 俺は立ち上がるとあかつきの近くに歩み寄る。

 腰を下ろすと見せかけて半歩身を後ろに引いた。

 そして、そのまま拳を振り上げると、あかつきが座っている方をめがけて一気に振り下ろした。


「とでも言うと思ったか」


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