八.
木枯らしが村を吹き抜ける。
あかつきのいる屋敷へ続く道を歩きながら俺は村を見つめて、人が徐々に消え始めていることに気付いた。
厳密に言えばそれは消えると言うより少なくなっていると言った方が正しい。
ある家から
老いた女がそれに取り縋って泣きむせいでいた。
いや、見た目ほど老いてはいないのかもしれないが、生気がない。油気のない髪と落ち窪んだ目、枯れ木のような手足は絵に描かれた幽鬼のようだ。
おそらく、筵の大きさからしてその家の子供が死んだのだろう。
そしてこれから土に還る。
俺は空に視線を移した。
灰色の雲が水面に浮いた濁りのように白く霞んだ空に
間もなく雪が降り始めそうだった。
座敷に入るとあかつきは読み本を読んでいた顔を上げた。
「おお、赤鬼。……どうしたそんな恐い顔をして」
普段なら元からこんな顔だとかなんとか軽口を返すところであるが俺は心中で凝っているある疑問を考え続けていたので、その言葉はそのまま耳を素通りしていった。
「……なああかつき」
「うん?」
「俺がこれから問うことに正直に包み隠さず、思ったままを言え」
そう言って俺は辺りの気配を窺う。
今日は盗み聞きされていないようだ。
その確認を終えて、俺はあかつきが返答する前に考えていたことを切り出す。
「この村、ここ数日おかしくねえか」
一瞬の沈黙が座敷に流れた。
だが、それだけで十分だ。その沈黙こそが、あかつきが何かを知っていることを千の言葉よりも雄弁に語っている
。
「答えろ。お前は、何を知っている?」
俺がそう問うとあかつきは座敷の畳の上辺りに目を伏せたまま呟いた。
「……何故そう思う」
「最初の違和感はやけに森に人が入ってくるっていうことだったんだがな」
俺はふんと鼻を鳴らした。寝つこうとする度に落ち葉を踏みしだく音が聞こえてくるのでここ数日は辟易していた。
それでもまあそんなことには構わずに寝るんだが。
そして、その集団は先日と同じようにまたずた袋に包まれた何かを運んでいた。
雰囲気からして異様としか言いようのない印象でその集団は森の奥に何かを運んでいるようだった。
「それにいちいち確認してもいられないほど人が減りすぎている」
先ほどの家もそうだが、やけに人死にが多い。
運び出される筵を見たのもこれが初めてではなく村を歩くたびに目にするとなれば流石に異常だろう。
俺の頑として引かない心づもりを見て取ったのかあかつきはため息をつくと言った。
「……お前相手にいつまでも隠し通せるものでもないな。すでになんとなく察していると思うが、この村には今流行り病が入ってきている」
俺は顎を引く。そうではないかと思っていたが、矢張りか。
「俺は鬼だから構わんがお前は村から出て行かなくていいのか」
言ってからこれは失言であると思った。
どこかに行くもなにもこの娘は座敷に縛り付けられているのだ。
逃れることも。どこに行くこともできない。
娘は穏やかな顔で首を振った。
その顔に浮かぶ表情には諦念があったが、わずかな充足を感じさせる微笑みを見て取って俺は疑問を感じずにはいられなかった。
「なんだ、何を笑っている」
思わず不機嫌そうな声でそう言ってしまう。心中がざわざわと波立っていた。
自分が感じているのが不安だとこの時には気づかなかった。そんな感情も長い間忘れていたものだったから。
「心配してくれているのか」
「馬鹿を言え。お前は俺が喰うと決めたんだから流行病ぐらいでおちおち死なせるわけにはいかねえんだよ」
それでなくとも、人は脆くて簡単に、不意に死ぬものなのだから。
「……そのことなんだが。赤鬼、一つ私はお前に謝らなければならないことがある」
あかつきがそう切り出した。
「なんだ」
俺は感情を抑えた低い声で問う。
あかつきは、しばらく黙っていたが意を決したように言った。
「この村は今災禍の年で
言ってあかつきは正面から真っすぐに俺を見据えた。
「以前まだ死ねないと言っただろう……。だから、私はお前のために死ぬことは出来ない」
「……どういうことか、説明しろ」
理解が追い付かない。俺はやっとそれだけ言った。
こんな時、どんな行動を起こせばいいのか。憤るべきなのか、責めるべきなのか、沈黙を通すべきなのか。
それさえ俺には分からなかった。
いや、それよりも何よりも目下の疑問を解消するべきだろう。
こいつが言っていることはどういう意味だ。
この村で今何が起こっている?
そう考えることで、俺は自分の感情から目を逸らした。
蓋をして遠ざけるだけ遠ざけて。
見なかったことにした。
「昔話を聞いてくれるか」
あかつきがそう切り出した。
「この村に何があって、私が今までどう生きてきたかの物語を」
俺は、首肯する。
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