四.
「それにしてもそれで鬼とは。人と異ならぬではないか」
俺が腰を下ろすと不躾に娘は俺の髪をまさぐってきた。
別にそれくらいでいきなり殴り倒したりはしないが、何しやがる。
「角も生えていないようだし」
何事かと思ったらそんなことを確認していたらしい。
「当たり前だろう。読み本の読み過ぎだ」
ちらりと座敷の片隅に積まれている書物を見て俺は言う。
こんな田舎でどうやって手に入れたのかは知らないが、都に出回る流行のものから舶来のものまで様々な書が積み重ねられていた。
「仕方なかろう。こんなところにいたら本くらいしか楽しみがないのだから」
娘は拗ねたように唇を尖らせる。
体つきは年頃の娘といった感じなのに仕草や表情はまるで子供のような無邪気さだ。
世間擦れしていないとこうなるってことかね。
「女、お前の名はなんていうんだ」
そんなことを聞いてどうするのか。これから食べるもの相手に。
だが、こちらだけ呼び名を知られているのは何となく
単なる好奇心だ。
「女ではない。親はいないが私にだって名前ぐらいあるさ」
そう言って女は俺の目を真っ直ぐに見た。
「あかつきだ。改めてよろしくな、赤鬼」
そう言ってなぜかあかつきは俺の右手を片手で握ってくる。
「なんだ」
「知らないのか?
そう言って娘は愉快げに、にやにやと笑っている。
「本来名は明かさないものなのだが……。まあお前には良いだろう」
よくわからないがそういうことらしい。
それにしても、あかつき、か。
夜明けの名。
陰気な暗がりの中にあっても内から輝いているような、まさにこの娘に似合いの名だと思った。
ああ、矢張りこの娘なのか。
俺は握られた手を払うと立ち上がる。
「先に言っておく」
低い声で俺は告げる。
「俺はお前を喰うためにこの村にやって来た。……だが、お前に会って考えが少し変わった」
娘に背を向けたまま、壁に話しかけるように俺は言う。
「俺は退屈している。そしてたいして腹も減っていないからお前を今ここで喰うのはやめてやる」
この時、なぜそんなことを言ったのか。
いつもの気まぐれのつもりだった。
飽きたら殺せばいい。気に入らなければ喰う。
ただ、俺も一人であちこちぶらぶらする日々にはいい加減嫌気がさしていたのだ。
この時の俺はこの時言った言葉がこの先どんな意味を持つかも知らずにこのようなことを言ったのだ。
いつものように後先考えず。
あと、一つだけ言うとすれば。
これから喰おうとするものの名前なんて聞くんじゃなかった、ということだ。
「それはそれは。高名な赤鬼殿の食事に選んで頂けるとは願ったり叶ったりだな」
あかつきは芝居がかった口調でそう言った。
改めて思う。変な女だ。
そして、俺に気後れせず普通に話しかけてくる根性も面白い。少なくとも喰うのをわずかに待ってやろうと思うくらいには。
「だがお前がまた気まぐれを起こして喰うなんて言われたらそれはそれで困るな。私はまだ死ぬわけにはいかないんだ。うーん、そうだな……」
何かごちゃごちゃ言っていたが、思いついたことがあるらしくあかつきはしばらくしてからぽん、と手を打った。
「そうだ、赤鬼。退屈だというなら私と一つ賭けをしよう。勝った方が負けた方の言うことを一つきく。どうだ、簡単だろう」
急になんだ。だが、そうだな。
「……いいだろう」
俺はあかつきの方に向き直って頷いた。
どんな勝負だろうと俺が勝つのは目に見えていると思ったし、勝てる自信があるように提案してくるので一体どんな勝負なのか興味が湧いたからだ。
「ふふ。後から不満を言うなよ」
そう言ってあかつきは背後にあった棚から
「簡単な丁半だ。私とお前で交互に賽子を投げ椀をかぶせてから、投げていない方が丁が出るか半が出るか当てるのを繰り返す。先に三回勝った方が相手の言うことをきく。どうだ?」
童でも理解できるほど単純な賭け事だ。
俺は完全に勝てる自身があった。
一つ言えば、賭け場で何回かやったことがあるが、丁半なんてのは一見公平な賭けのようでありながら、賽子の動きを見る視力がものをいうのだ。
俺自身以前、退屈な時に冷やかしがてら丁半で賭け場を荒らして回ったことがある。
そして、鬼である俺はあらゆる身体能力が人間より上である。
この娘がどう思ってこんな賭けをもちだしてきたかは知らないが……。
「ああ、やろうぜ」
「じゃあ、早速始めよう。先攻は私からでいいな?」
どちらでも同じだと思い、俺は頷く。
あかつきが賽子を投げた。
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