4.

 それにしても油断ならないガキだ。

 一発目から急所、首を狙ってきやがった。人にとっても危ないが血を糧とする鬼にとっても、大きな血管が通っているそこは急所である。

 子供はパワー、スピードどちらを取ってもなかなかいい線いっていたが所詮は子供だ。加えてどう見てもこいつは直情型、短気である。動きが読み易いから避けるのも容易い。おつむが軽く、詰めが甘い。

 腐っても年の功と修羅場の経験値で組手は俺の方が圧倒的に有利だった。しかし、子供も鬼気迫る雰囲気があり、なかなか引き下がらない。

 なんだろう、こいつは。勝つのが重要というより、死に場所を求めているかのようなこちらを挑発するやり方、無茶な突きや蹴りばっかり放ってきやがる。

 まあ乗ってやらないんだが。悪いが自殺志願者の相手をしている時間はないんだよ。怪我したいんなら他を当たってくれやとばかりに俺は軽くあしらい、いなす。

 何十合、何百合と打ち合った末にようやく俺のやる気のなさを悟ったのか、子供は急に攻撃を止めた。

 お、なんだ。疲れた……って訳じゃなさそうだな。洋服の俺に比べりゃ和服は動きにくそうなのに汗もかいてねえ。それにしてもこの俺と打ち合って息も切らさねえとは末恐ろしいガキだ。

 急に興味を失ったように子供は俺に背中を向けた。


「付いて来い」


 居丈高な口調でそう言うと、振り返りもせずそいつは歩いて行く。

 どういうことかさっぱり分からんし、態度も気にくわなかったが俺は大人しく後を付いていった。八方ふさがりで特にプランもなかったし、俺は短気だが心が広いからな。

 どのくらい歩いただろう。ある地点で立ち止まると子供は俺を振り返る。何だ、やけに大きな岩があるが何かの目印か。


「この先に元の世界に帰してくれる奴がいる」


 子供はぽつりと一言話した。


「行って自分で交渉するんだな。あと、これを忘れるな」


 取り付く島もなく言うと、俺に向かって何かを投げ渡す。

 受け取ったそれは俺が愛用している仕事道具であり、武器である二振りの刀だ。

 彼岸ひがん火鉈かなた。大刀が彼岸で変形可能な鉈状の小刀が火鉈。

 やけに普段刀を下げている腰が軽いと思っていたがどうしたんだこれ。俺が不思議そうな顔をしていると子供が言った。


「落ちていた」

「うそつけ」


 瞬間的に俺は切り返す。刃を抜いたって訳じゃなくて言葉の方だ。

 お前さっきまで何も持っていなかっただろ。拾ったのも見てないし。

 しかし、俺の言葉に子供は不機嫌そうな顔をするともう一度言った。


「落ちていた」


 疑問は受け付けぬと言うように子供は首を左右に振る。


「早く行くんだな。言っておくがこの先にいる奴は俺ほど甘くない。へましたらお前は帰れないぞ」


 やけに良く喋るようになったな。俺は一応聞いてみる。


「お前は行かないのか?」

「は?なんで」


 言い方がむかつくな。もっと年長者を敬え。(年下だよな?)

「お前どう見てもこの世界の人間じゃないだろ。死人にしちゃあ、生き生きしすぎてるしな。出るんだったら二人の方が攻略しやすいんじゃねえの」


 一人より二人で。ゲームの定石だ。

 暫し考えてから子供は首を振る。


「駄目だ。おれはまだ帰るゆるしをもらっていない。それに帰れるのは一回に一人だと決まっている」


 そんな訳の分からないルールがあんのか。子供は俺を突き放すように身軽な動きで岩を飛び越えると走って距離を空けた。


「とりあえずとっと行け。それと」


 振り返った瞬間にどこからか風が吹いた。

 あおられて一瞬子供の顔が露わになる。

 そいつはこう言った。


「俺は確かにこの世界の住人じゃねえし、人間じゃなくて鬼だ」


 じゃあな、と言うと今度こそ子供は景色の向こう側に消えていった。

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