10.
どこをどう帰ったのかは覚えていない。
気づいたら俺は、ホテルの自室のドア前に辿り着いていた。無意識でも獣は古巣に帰るものだ。
入ろうとして、鍵がないことに気づき、さらにドアの下に海外のサスペンス映画よろしく何かが挟まっているのが目に入った。
何も書いていない、無地の白封筒だ。
封もしていないそれに手を入れてみればルームキーと便箋が入っている。
『拝啓 赤江創様』と俺への宛名からその手紙は始まっており、それは少女らしい丸い文字でこう書いてあった。
『突然のお手紙を、そして逃亡の無礼をお許しください。
どこにいるかも、これから何をするつもりかも今はお話出来ません。いえ、話すことが出来ないというより、思いついていないというのが正確でしょうか。
今は未来も過去も霞んで見えます。生きていく目標がなくなった感じといえばお分かりいただけるでしょうか。
私は妹と生まれ育った家から逃げるためだけにこの半生を生きてきたような気がします。結果的に逃げ出すことには成功しましたが、それでどうしようというのでしょう。
妹はすでにおらず、私は一人ぼっちになってしまいました。
最早生きていてもしょうがない命です。
しかし、赤江さん。どうでしょう、
以前に仰っておられましたよね、人を踏みつけて、人を喰って生きるなら責任があると。
ならば、私もその責任を背負いたいのです。
私と共犯者になって下さい。
そして、私に人助けをするための、僅かなりの時間を下さい。
私を鬼にしてくれてありがとうございます。
しばらくのさようならを申し上げます。
敬具
渡辺胡桃』
鬼としての生を生きてきた中でも人から鬼にしたことに感謝されたことは初めてだった。
かくして俺は、依頼人兼共犯者である女子高生、渡辺胡桃からの依頼を続行という形で継続更新したのだ。
なに、寿命まではまだ長い道のりだ。
誰に文句を言われようが、一つぐらい楽しみがあったっていいだろう?
了
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