8.
「誰だい」
背後から近づくとその人物は目の前のコンピュータ・デバイスから顔を上げることもなく俺に聞いた。
「
俺は決められた言葉を口にする。俺という存在を表わす合い言葉だ。
「赤鬼か。僕に何か用かい?」
赤鬼。
二つ名であるその呼び方で俺を呼ぶのも、名字ではなく名前で俺を呼ぶのもこの少年のようなややこしい喋り方の少女、
相変わらず怜悧にて冷静沈着、俺以上に
「そんな巨体で突っ立っていられても邪魔なだけだ。話があるなら早くしたまえ。そうじゃないなら帰るなり何なりすればいい」
機嫌が良さそうじゃないが見た目ほどではないらしく、今日は話を聞いてくれる気があるようだ。
俺は腰を下ろし、お伽噺を始める。
数日前の血塗られた物語。
一人の鬼と少女の物語を。
概要を話し終えると少女はふんと鼻を鳴らした。
「それで?」
「大体の話は以上だ」
少女は陰陽師の子孫で鬼使いであるという「立場上」(今は教祖様のようなことをしているらしいが)、そして性格上、この手の残酷で不条理な話題に目がないため大人しく話を聞いていた。
そう、鬼使い。以前まで一時期この少女は俺の飼い主だったのだ。
「なかなか興味深い話だったよ。こっちに来たまえ」
手招きするので大人しく近寄ると少女は立ち上がり、床に手をついて馬跳びの台になるよう俺に合図した。
その格好をすると少女は俺の背中のあたりに腰を下ろし、椅子よろしく座る。椅子にされる彼女の下僕にとっては溜まったものじゃないが本人はいい案配らしく、この体勢が好きらしい。
そのままの体勢で俺は瑞穂に言う。
「一つ仮説があるんだが聞くか」
「聞こう。面白い話ならね」
瑞穂は高慢に頷いた。
「それで、どんな話の内容だい」
「この話に対する俺なりの解決編だ」
俺がそう言えば、ほうと瑞穂は感心したような顔をする。
「ホームズ役にでもなるつもりかい」
「いや、俺はこの物語でホームズにはなれない」
俺はその言葉に首を振る。
「それどころか端役もいいところだ。エキストラが一番良い例えかもな」
「どういうことだい」
「何故なら」
そう、何故なら。
「事件は俺が家に着いた時にもう完結していたんだ。俺は本当に後始末のためだけにあの家に入ったようなもんなんだよ」
始末屋の名の通りに。
ここからは俺の推論であるが的を大きく外れてはいないだろう。これしか考えられない当然の帰結だからである。
まず結論から言えば、あの家に入った時に胡桃の母、そして西島は既に死んでいたのだ。あの男の死体はやはり西島の遺体であることが分かった。片付けをしている際に確認すれば手に油絵用の絵の具が付着していたからだ。そして、胡桃の母を喰った際に付いたであろう血も同様に付いていた。
そして、最後に一つ残った死体は胡桃ではなく。高校生の妹、そうおそらく胡桃の双子の妹のものだった。
これで死体の数が合う。
そして、胡桃は。物語の主役であるところの少女はどうしたか。
俺の考えでは、おそらく彼女は逃亡中である。
筋書きはこうだ。
胡桃が家に到着する前に西島は痺れを切らして胡桃と妹の母を喰うため襲ってしまった。そこで妹は狂乱状態になり、西島を倒そうと打ちかかる。だが、西島も抵抗し妹は西島の首を撥ね飛ばすことに成功するも殺害されてしまう。そこに入ってきたのが胡桃だ。
自分が来る前に全ては終わっていた。
部屋の惨劇を見て、胡桃はどうするか。
答えは、全て起こってしまった工程の、方程式の解答としては。
胡桃は、西島の首を喰ったのである。
部屋のどこにも男の死体の首はなかった。おそらく胡桃のような少女が容易くそれを為すことが出来たことから考えると西島は機動不能であるか既に絶命していたのだろうと考えられる。
それでも二度と起き上がらないように。家族の仇を取るために、胡桃は西島のことを喰って亡き者にしたのだ。
しかし、鬼が鬼を喰うことは禁則事項である。胡桃は殺されるための道しかもう残っていない。
そこでさらにどうしたか。
妹の首を持ち去り、逃げたのである。
急に死の直前になって死ぬのが恐くなったのか最期の時を家族と過ごしたくなったのかは本人に聞かないことには分からない。
だが、恐らくこれが渡辺家で数日前に起こった物語の結末。ハッピーエンドはないお伽噺。
救いの神は舞い降りず、悲劇は防げなかった。
予定調和の物語なのである。
「共喰いの鬼が逃亡中、ということか」
「そうだ。そして俺はもう一つ気になっていることがある」
「何だ、話はこれで全部じゃないのかい」
「話は全部だよ、ただな」
俺は首を反らして瑞穂を見上げる。体勢としては結構きついが、近い分確実に相手の顔を覗き込んで反応を見ることが出来る。
「俺は胡桃に俺を教えた、物語に登場しない第三者であり重要人物。『情報提供者』とやらがお前じゃないかと思っている」
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