夢の中で私を呼んでいるのはあなたですか?
登夢
第1話 さやかとの出会い―いつもみる不思議な夢
皆さんは、これから書こうとしている遠い夢で結ばれた恋のお話を信じることができますか? いくつかの偶然がたまたま重なっただけだと思いますか? 人は生まれ変わると思いますか?
僕は物心のついたときから、同じ夢を見ることがあった。いつも同じ夢で、暗い中で僕が誰かを呼んでいる夢だった。遠くに人影のようなものが見えるが誰だか分からない。僕は大声で呼んでいるみたいだけど、声が出ていないのか、人影が見えなくなる。そんな夢だった。
月に1回ぐらいは見ることもあったし、しばらく見ないこともあった。幼い「さやか」と出会った前後にその夢を見たかどうかは覚えていない。
僕が中学1年生の時だった。学校の帰り道、子猫を抱いている小さな女の子が歩道にいた。制服を着ていたから女の子はどこかの幼稚園の園児だったと思う。不安そうな顔をしているので気になって見ていると目が合った。
「どうしたの?」
「お家が分からなくなった」
「迷子になったんだね」
「子猫を追いかけて来たら分からなくなった」
女の子は今にも泣き出しそうだった。
「大丈夫だから、お兄ちゃんがお家を探してあげる」
「ありがとう」
「お家の近くにお店とかある?」
「少し行ったところにコンビニがある」
「コンビニか?」
コンビニはこの近くに幾つかあるから見当が付かない。その時、子猫が女の子の手から車道へ飛び出した。それを追って女の子も飛び出そうとする。
あっ車が来る!僕は女の子の手を掴んで離さなかった。車が目の前を通り過ぎた。手を掴んでいなかったら、女の子は車に惹かれていただろう。
でも子猫を見失った。すると目の前にパトカーが止まった。お巡りさんが降りてきた。
「危ないところだったね。君が手を掴んでいなければ女の子は轢かれていたところだった」
「本当に危なかったです」
「お嬢ちゃんはさやかちゃん?」
お巡りさんが名前を聞いている。女の子は頷いている。
「女の子が行方不明になったとの届け出があって、探しているところだった」
「子猫を追いかけていたら、迷子になったと言っていました」
「見つかってよかった。事故にも遭わずに済んで」
「お家に帰れるからよかったね」
「お兄ちゃんありがとう」
「さやか」という女の子はパトカーに乗って帰って行った。お巡りさんから学校名と名前を聞かれたので、泉野中学校1年、
◆ ◆ ◆
それから3年後、僕が高校1年生の時だった。あの交通事故の前の晩にいつもの夢を見たことを覚えている。朝、うなされて目が覚めた。そしてその日、目の前で事故が起こった。
その日は繁華街の書店で小説を買っての帰り道、犀川大橋を渡り、蛤坂を昇って来て、寺町の大通りとの交差点で信号を待っていた。
この交差点は広小路交差点より50mほど上の方で、横断歩道があって、そこを渡るとそこが旧鶴来街道の入口になる。
そこを直進するとすぐに忍者寺と呼ばれている
その横断歩道の信号は、広小路交差点の信号よりもかなり待ち時間が長い。しかも、この場所は、広小路交差点から寺町に上ってくる車道が大きく右に曲がる場所で、信号を待っていると、自動車が自分めがけて突進してくる感じがする。ただ、急カーブではないので、車は難なく曲がっていく。
今はガードレールが取り付けられており、危険は感じなくなったが、その当時は遮るものはなにもなかった。そういうところで横断歩道の信号が青になるまで待たなければならなかった。
交差点での車の衝突事故によって歩行者が巻き込まれて死傷者が出たとのニュースがそのころ何回もあったので、親からも注意するように言われていた。だから、ここで信号を待っている時はいつも広小路方向を見ていた。
もう一人、小学2~3年生くらいの女の子が傍で信号を待っている。隣にいる僕のことが気になるのか、正面の信号を見ながら、時々こちらを見ている。
信号が変わって広小路交差点の方から乗用車が3~4台こちらへ向かってくる。20m位離れたバス停の前で方向を変えるのだが、そのうちの1台は変える気配がない。こちらへ向ってくる。危ない! こちらへくる!
とっさに女の子の手を取って引き寄せて数歩後ろへ退く。車は僕たちの居た場所を通過して家の塀に衝突した。ドッシーンとすごい音がした。
ほんの一瞬のことで、気が付いたら女の子を抱きしめていた。女の子もその瞬間は何が起こったのか分からず、茫然としていたが、すぐに事故だと分かって泣き出した。
「危ないところだったね。お互い命拾いしたね」と女の子に話しかけた。泣きながら女の子は頷いて「お兄ちゃん。ありがとう」と言った。
衝突の音を聞きつけて大人が集まってきた。車の前の部分が大破している。運転手はエアバッグにもたれてぐったりしていて動かない。「誰か救急車を!」の声が聞こえる。
女の子と二人でじっとその様子を見ていた。すぐに立ち去るところだが、今回の事故を目の前で目撃して、誰かにそれを話さなくてはとの思いがあった。二人でそのまま立ち去ることなく、事故の現場を見ていた。
救急車のサイレンが近づいてくる。人だかりが大きくなってきた。救急車が到着した。それからお巡りさんが自転車で到着した。
救急隊の人が運転席の人に「大丈夫ですか?」と声をかけているが、反応がないようだ。担架で運んで救急車に乗せている。救急車がサイレンを鳴らして遠ざかる。
誰かが僕たち二人を指さしている。お巡りさんがこっちに来た。
「君たち、事故を見ていた?」
「はい、僕は見ていました。バス停あたりで方向を変えるところが、真っ直ぐに進んできて塀に衝突しました。この女の子と二人、ここで信号を待っていました。女の子は車を見ていません。僕が引き寄せて二人で避けました」
「二人とも怪我はないですか?」
「ありません」
「二人の名前と住所、電話番号を教えてもらってもいいかな?」
僕は住所と名前と電話番号をお巡りさんに話した。女の子は小学2年生のようで、住所と電話番号をしっかり話していた。寺町何丁目のなんとか「さやか」というのが聞こえた。
今でもそうだが、物覚えは良い方ではない。名前なども何回も聞かないと覚えられない。女の子の住所と苗字を聞いていたが、もう忘れている。ただ「さやか」という名前だけ覚えた。
それからしばらくして、騒ぎを聞きつけたのか、連絡を受けたのか、女の子の母親が来たようで「お母さん」と言って、さやかちゃんは走っていった。それを見届けると、お巡りさんに「もう、いいですか」と断ってその場を離れて自宅へ帰った。
交通事故があったその晩もいつもの夢を見た。二晩も続けて見るのは初めてだったのでよく覚えている。遠くの影が人影のように見えた。顔はわからないし、呼んだらこちらを向いたようだったけどはっきりしない。
あとで母から聞いた話だが、その女の子は同級生の家へ遊びに行った帰りで、あの後、母親と家に帰ってから、高校生のお兄ちゃんに助けられたことを話したそうだ。後日、女の子の母親が、お巡りさんから僕の住所、氏名を聞いて、家へお礼の挨拶に来たことを母から聞いた。
僕はその時はちょうど外出していて、その女の子の母親とは会っていない。その時の女の子の記憶はほとんどなかったが、しっかりとした話しぶりと「さやか」という名前だけが記憶に残っていた。
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