輪郭

例えば、限界まで瞼をあげていること。涙を流しながら、瞬きをしてみること。


そうして世界を見てみると、何もないことに気がつくかもしれない。


この世界はなんですか。

何かが確かにあるといえる世界ですか。

それとも、何にもない、初めから誰も何も存在しない世界だったのですか。

そう誰かに問いかける。誰かに問いかけられる。そうして、振り返る。


誰もいない。掌を握ったり、開いたりを繰り返してみる。

わたしは「やっぱり、そうだった」と頷くかもしれません。

この世界は、そういうところだった。実在とは、存在することとは、そういうことだったと納得するのかもしれません。


誰かが忘れていった聖書。

神は光であり、言葉でした。

めくられないままの、作りかけのアルバム。

過去は栄光であり、恥辱でした。わたしたちは時間を、時代を握りしめることはできなかった、できないのです。だから、世界中の全てのアルバムは作りかけで、めくられないままであるべきでした。

8月で止まったカレンダー。誰かが止めたカレンダー。

2018年の8月は特別な夏だったかもしれません。この国には、平成という元号がありました。これからも、何か漢字2文字で、時間が、時代の切れ端が10年か20年支配されていくのでしょう。

2018年には最後の夏がありました。東の国の小さな人々の中に。

ただ、それだけです。


こうやって、ものの、世界の輪郭はおぼろになっていくみたいです。次第に命の輪郭までもがおぼろに霞んで亡くなっていくのです。


わたしはそうやって、生きました。

わたしはそうやって、死んでいくでしょう。


何か絵を描いてから、いきましょうか。

何か音楽を聞いてから、いきましょうか。

何か本を読んでから、いきましょうか。

何か誰かと話してから、いきましょうか。

わたしは結局、何にもせずに扉を開けてしまうでしょう。


「やっぱり、そうだった」


笑いながら、泣きながら、そんな風な幸せな、不幸せな世界を、愛しながら、憎みながら、歩いてきたのです。


ただ、それだけです。


それだけだったのです。


それだけでしか、なかったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る