Lという名の衝動
高橋陽向 - たかはし ひなた
【1】-1 前編 「マニック」
なんて日だ。今日は俺の誕生日だというのに。
しかも、今日で成人するんだ。二十歳になった訳だ。いわゆる「ハタチ」ってやつだぞ、「ハタチ」。
今、過去の片思い相手と久しぶりに会えたばかりだ。
「俺のハタチをカウントダウンしてあげる」と言われ、居酒屋で二人、待ち合わせをした。ふと「久しぶり」と声をかけると同時に、婚約指輪をしていることを確認した。
十分程度軽く話をしていると、零時を過ぎた。その瞬間、さっそく飲み始めた。とてもじゃないが、初めてとは言え、アルコールを流し込み、何とも言えない気持ちと初酒を混ぜ、ここは二日酔いしてでも、アルコールと一緒に不愉快な気分も消えてしまえばいいと思った。
「初めまして。ひどくお酔いですか?」
なんだその声は…。
意識朦朧とした視界の中、小綺麗で、少し胡散臭そうなオッサンが相席した。片思い相手は、僕を残して、明日…というか今日に備え、タクシーで帰ってしまったようだ。
…というか、このオッサン、胡散臭いというか、ちょっとリアルな体臭もキツく思える。
「…私は神です。」
何言ってんだこいつ、出会ってイキナリ…。頭がイカレてるのだろうか。…もしやこれは、古くから伝わる、宗教の勧誘というヤツか?
冗談じゃない、父も母も母方の祖父母も、みんなキリスト教なんだ!キリスト教以外に入る宗教などないわ!
「宗教勧誘なら、結構なので。」
「まぁそう、適当にあしらわないで下さいよ。」
「うるせぇな、独り酒に入り浸らせろよ。」
「あんまり飲むと、二日酔いで頭痛になりますよ」
「レルパックスがあるんだ、余計なお世話なんじゃ」
「…そうですね、余計なお世話かもしれません。」
「…分かってくれりゃいい。さっさと別の席に通してもらいな。」
少し寝る体制に入ろうとした。一瞬で意識を失いそうになるが、それよりも前に、間をおいてオッサンが話しかけた。
「…今回、あなたに話しかけたのは、あなたが密かな願望を、叶えに来てあげたんですよ。」
…俺の、密かな願望だ?
「おいおい、出会って一分もしてない相手に『あなたの密かな願望』なんて分かりっこ無いだろ、さっさと失せろよクソが!!」
寝る体制からムクリと起きるだけでもシンドイ、さっさと帰ってくれないモノだろうか。
「あなた。さっきまでいた婚約指輪をした人、もう無理だって分かっているのに、ずっと狙ってますよね?」
「…え、いや、は?」
「戸惑いが顔に現れていますよ」
そりゃ戸惑うものだ。いや、でも、少し諦めかけていた。
自分が愛して愛して、ここまで思い続けた女性は、彼女…いや、彩香を除いて、他に居ないのだから。それでも、婚約指輪を見ると、少し気持ちがひるんでしまった。
「戸惑いと…少し気持ちがひるんでいるようですね?」
「…お前のその感じ、当てずっぽうではないな?知ってるんだろ、俺の胸の内ぐらいなら?」
少し間を置き、恰好を付けてこう言い放つ。
「ええ、当然ですとも」
殺したくなる。それぐらい、なぜか嫌いな人間だ、このオッサン。でもなぜだろう。
酔いが醒め、居酒屋の中に居るのに、周りに客や店員が居ないことに気付き始めた自分がいる。それなのに、こいつを一発、ぶっ飛ばせない。反抗できるのにも関わらず、何故か降伏することにした方が良いと、何かのお告げを感じた。
「…俺の密かな願望は、お前の想像している通りだ。」
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