『法具店アマミ』にて 収拾

 セレナの死は、店主達は別に秘密にしていたわけではなかったが、訃報は自然と広まっていく。

 それと同時に、セレナのことを親しく思う者達の心に悲しみと怒りの感情が生み出され、店主達に集中する。


 巨塊に対する怒りもあるし、そんな危険な地域になぜ民間人を引っ張っていったのかという批判がウルヴェスに向けられた。

 しかし巨塊を殲滅したという功績を挙げた以上、住民達は二度とそれを恐れる必要がなくなり、平穏な毎日を過ごせるようになった。


 しかし、セレナを失い悲しみに暮れる者達も少なくない。

 八つ当たりなのは分かってはいる。しかし怒りの矛先を求めずにいられない。


「テンシュっ! いる?! ちょっと、あんた! セレナに……! 何てことしてくれたのよっ!」


 店主に怒りをぶつけた最初の人物は、店主も予想していた通り、『ホットライン』のキューリアだった。

 彼女に限らず誰にとっても、セレナは冒険者として大先輩であり、親しい友人でもあり、そして困ったときにはいつでも相談に乗ってくれる頼りになる存在だった。


「おい、やめろよ。いくら共同経営者で一緒に生活してた間柄っつっても、テンシュはセレナを止められない時だってあっただろうよ」


「ブレイクの言う通りよ! あんた自分でも分かってるんでしょう?! キューリアのその怒りは、ただの我儘だっての!」


『法具店アマミ』のドアから激しい音を出しながら勢いよく開けて、カウンターまで詰め寄るキューリア。

 ブレイドとリメリアは彼女を止めようとするが追いつかない。


 入り口のそばにいるウルヴェスは彼女を止めようとするが、店主の命を危険に晒すほどではない。

 ウルヴェスはそう思い直すと、再び椅子に座り屋外の方を向く。

 ウルヴェスの依頼を引き受けたことが、セレナは自分の命を失う原因の一つでもあったが彼らはまだそこまで詳しい事情を知らないでいた。

 そしてウルヴェスも、『ホットライン』ばかりではなく、セレナやこの店に世話になった者達へ詫びる気持ちはなかった。

 心苦しい思いはするものの、自分がセレナの件で謝罪するようなことがあれば、巨塊討伐という行為すら非を唱えることにもなる。

 そうなると、全国民のこれから続く毎日の平穏と一人のエルフの命の二者択一。私情を挟めばどちらも大切なもの。どちらかを選び取ることは出来ない。

 しかし法王という立場であるなら、全国民の平穏を選び取る。選ばれないエルフの命は、たまたま選ばれた存在であり、しかも命を失われることは、依頼した時点では確定されたことでもない。


 カウンターでは店主が店の番をしていた。セレナはいつも通りの姿で店主の隣に立っている。

 彼女が普段と違う唯一の点は、店主以外の者がセレナを見、会話することができないということだけである。


(えーと、テンシュ、どうしよう?)


「俺に言うなよ」


 キューリアが目の前にいる。しかしそのキューリアは自分ではなく隣にいる店主に顔を近づけ、睨みつけている。

 睨まれている店主はセレナ同様に困惑した表情で、視線だけセレナに向ける。


「テンシュっ! 目を背けないでこっち見なさいよ! どうしてセレナをっ……! どうしてっ……!」


 二人の後ろにいるシエラも、セレナを見ることが出来ないものだから店主のフォローをしたくでもできない。

 何よりキューリアの剣幕が怖い。


(え、えーと、ここにいるんだけどな……。どうしよっか)


「人の事、言えねぇよな? セレナ」


 店主は、セレナが怒り狂ったあの夜のことを持ち出す。


(もうそのことは忘れてくれない?)


 セレナもあのことを思い返すと、恥ずかしいと思うらしい。


「何ぼそぼそ呟いてるのよ! 何とか言いなさいよっ」


 セレナは入り口にいるウルヴェスに助けを求めるような視線を投げつけるが、もちろんウルヴェスもそれに気付かない。

 ウルヴェスはいつもの場所で座ったまま。時折カウンターを見るが、すぐさま外を視線を移す。

 今後おそらくキューリアのように、怒りに任せて押しかけて来る者達は大勢いるだろう。

 そのすべての者達にいちいちウルヴェスが出張って対応しなければならなくなれば、それこそ店主が嫌う貸しをつくることになるだろう。


 当の店主もセレナとは違い、ウルヴェスに救いを求めるようなことをするつもりは毛頭ない。

 何より店主はこれまでと変わらず、セレナと普通に会話ができる。

 今まで普通に会話ができたのにできなくなってしまった。そう文句を言われても、何がどう説明していいか分からない。

 ましてや迫る相手は、怒りに感情を任せている。どんなことを言ったとしても聞く耳を持っているかどうかも分からない。

 そんな相手が説明を求めている。

 何を言っても怒鳴り声しか返ってこないに違いない。


 店主はため息交じりいつもの言葉をつい口にする。


「すごく面倒くせ」


 店主のその言葉を聞いたヒューリアは右の手のひらを広げ、思い切り振り上げた。

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