出発・別離・帰宅・番(つがい)編  別離

巨塊調査の現場にて

 法王ウルヴェスと皇族のごく一部の者にしか使えない魔術がある。

 その一つが瞬間移動。

 術者本人が自らにかけることもあるし、誰かを対象にすることもある。

 そして物体にもかけることが出来る。


 セレナが『法具店アマミ』を出発してから四日目の朝。

 早朝の勉強会が終えて日常の仕事に入ろうとすると、いつの間にかカウンターに一通の手紙が置かれていた。

 子供達は、仕事の邪魔による店主の怒りを恐れてカウンターには近寄らないし、ライリーも入り口のそばから離れることはしない。


「なんだこりゃ? 俺宛?」


「どうしたんです? テンシュ」


 シエラの目の前で封を開けて中身を検める。


「『調査活動無事に開始。天気、気温ともに良好』だって……」


「あぁ、それは洞窟の調査のことですね。法王が送ってきた報告でしょう」


 ライリーがそこから動かずに二人に話しかける。

 誰もそこに近寄らず心当たりのない物がそこに置かれているとしたら、あてはまることと言ったらウルヴェスの魔術によるもの。

 それしかないと確信する。


「あ、ほんとだ。裏にウルヴェスの名前書かれてる」


「つくづく魔術って便利なもんだな」


 セレナの出発前、心配事しか口にしなかった店主の口調はのんびりとしたものになっている。


「行ってしまったんだからしょうがねぇじゃねぇか。危険を回避どころか、遭遇前にあっさりと帰ってくるのが理想だな」


「でも仕事を中途半端にして戻ってくるってのも心苦しくありません?」


「んなときゃ、間を開けずに二回目の調査に行けばいいだけじゃねぇか」


「ほんとに急に心配性になりましたね、テンシュさん……」


 この日は店の方にも異常はなく、平穏な一日。

 そして洞窟の調査現場も、この日は穴掘りのみでそれ以外は何事もない一日だった。

 調査員も作業員たちの手伝いに回る。


「随分掘り進んだけど、坂道でジグザグに下りていくからあんまり地中深くは進まないわね」


「そりゃそうですよ。垂直に掘ったら瓦礫を運び出すのに大変ですから」


 屋外ならば山道の下り坂と思えるほどの勾配。

 ただその作業の速度も速い。その作業に適した三十人ほどのドワーフ族を中心とした作業員チームである。

 この調査は、運の良し悪しにもよるが早ければ一日で終わる作業である。

 そのための土木作業としては異例の人材投入。普通の国家事業の土木作業でも、エキスパートをここまで揃えることはない。ウルヴェスがどれだけ真剣に力を入れているかがそれだけでも分かる。


「そろそろ今日も終わりに近づいてきたな。巨塊に動きはあるかな?」


 調査員の一人がバックから透明な材質の球体を取り出した。

 その球体の中心点から何かの目盛りを指し示す針のようなものがある。


「力(りき)場(ば)針(しん)ね。冒険者の活動にはあまり使わないけど、それまで持ち出すということは相当慎重にウ……じゃなくて法王は進めたいのね」


 針は固い物質でできているが、しなだれている。

 何かの力を感知したとき、その強度によって針がしなだれたり張りつめたりするような形に変わる。

 そして針の先は下に向いている。


「予め巨塊の持つ力のみに反応するように法王様から仕掛けをしてもらったんだ。けど全く無反応じゃない。今日の掘削作業のペースを考えると、明日の昼過ぎには何らかの巨塊がいた痕跡を見つけられるかもしれませんね」


 そういう調査員達の顔は、明るくはない。

 巨塊との接触で何が起きるか分からない。むしろ彼らの顔は緊張感で引き締まっていた。

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