最終章:出発・別離・帰宅・番(つがい)編  出発

再び巨塊がらみ

「つまり、ウルヴェスからの依頼ってこと?」


「まぁ、な。だから直接本人から聞く方が話が早いと思うんだ」


 夕方、買い出しからシエラと一緒に帰ってきたセレナに話をする店主。

 法王からの依頼が書面で届いたことを伝える。

 首都ミラージャーナに越してきたばかりの店主なら、セレナに直接掛け合えとつっけんどんに用件を突き返していただろう。

 そんな店主が、言伝を頼まれ、依頼人の意思の通りにセレナに用件を伝えるようになったのは、やはりセレナを相棒とはっきり認識し、自らにもその責任を持つようになった気持ちの変化からと思われる。


「……そりゃ確かに私もそう思うんだけど……」


 店主からの話を聞き、店主が目を向けている店の入り口をセレナも見つめる。

 そこには例によって、というか普段通りに椅子に座っているウルヴェスがいた。


 ウルヴェスは外の方を見ている。テンシュの命を危険に晒そうとする者は外からやってくるだろうという予想を立てているのだろうか。

 しかし二人には、自分らからの視線をわざと無視している演技に見える。

「おーい、ウルヴェスさんやー。当人が帰ってきたぜ? っていうか、勝手口から入ってくる奴は見逃しっぱなしなんじゃねぇの? 店の出入り口の方ばかり見てるし」


 店主の呼びかけにゆっくり振り向くウルヴェス。その答えものんびりしたものだった。


「そっちはいつも鍵がかかっておるじゃろうが。鍵の開け閉めの音くらい分かるし、いってきますだのただいまだの、いつも声が聞こえとる。鍵の音だけしかしないのならば警戒しなけりゃならんが、シエラ嬢との三人の、いずれの声がありゃ何の問題もないわ」


 そう言うとウルヴェスはまた外を向く。


「待て待て待て。お前から直接セレナに言えばいいじゃねぇか。間違えて伝えたら、そっから命取りになりかねねぇぞ」


「……今の妾は、テンシュ殿の用心棒ウルヴェスじゃ。法王からの指示は法王に聞くが良かろう?」


 同一人物だが、彼女は立場を強調する。


「うわー、面倒くさい性格だわー。ねぇテンシュ?」


 セレナが同意を店主に求めたが、店主はその考えに理解しないわけではない。

 むしろその考え方の方が、後々になって好転することが多い。

 以前褒賞制作の依頼を彼女から受け、そこから店主の命の危険に及ぶこともあった。


 そのリスクを考えると、同一人物だからといってその場での役割を担う際に、別の立場からの振る舞いをするのは得策ではない。

 セレナが面倒くさいと感じたウルヴェスの考え方には、店主は賛同できる。


「……まぁテンシュも面倒くさい人だし、そこらへん気が合うのかしら?」


 何の反応もしない店主にシエラが皮肉めいたことを言う。

 こんな奴と一緒にするなと言いたいところだが、そういうことだからその皮肉には否定はできない。


「……仕事の依頼の話進めるぞ。巨塊の話だ」


「テンシュとの出会いのきっかけになった事件ね。……ほんとに昔の話になったわね……。百年くらい過ぎたかしら?」


「懐かしむのは後にしろよ。……感謝祭は相変わらず、きちんと決められたことは守られて行われ続けてる。が、地震は相変わらず続いてるんだが、微震が長く続くようになったんだと」


 買ってきた品物をカウンターの上に置きながら、その話の真意を考えるセレナ。


「……私達、地学の学者とかじゃないんだけど? そんなこと言われても何か出来るわけないじゃない」


「それまでは、それよりもちょっと大きめの地震が時々起こってたんだとさ」


「また現地調査の依頼? 行方不明事件はもう起きてないわよね? ニュースにも出てないし、何よりウルヴェスとの雑談にも出てこなかったし」


 彼女の方をちらりと見やる。セレナの予想通り、外を見てピクリとも動かないままのウルヴェス。

 しかしセレナばかりを見る店主は彼女との話は既に終わらせていたようで、ウルヴェスには眼中にない様子。


「またって、セレナさんが洞窟の中で意識不明になった時の話のことですか?」


 シエラは時々セレナから聞かされていた、店主によるセレナ達調査団の救出計画のことを思い出す。


「うん、あの時の話ね。でもまた調査ってどういうこと? 地震の様子が変わったって、また何か騒動が起きたの?」


「テンシュさんは予想ついたんでしょ? ウルヴェスさんに答え合わせしてもらったら、用意されていた答えとほぼ一致ってとこかしら?」


 シエラには何も答えず、店主は話を進める。

 公的調査によると、巨塊の活動鎮静化を図るための感謝祭が行われるようになってからは、現地のバルダー村では農作物の育ちを妨げる地質の硬化が止まり、実りを豊かにする土がよみがえりつつあるという。

 それを実感している村民達は大いに喜んでいるところだが、地震の質の変化には戸惑っている。


 国に再度の調査を依頼するほど、作物の不作は深刻だった。

 村人達の想像、国の調査前の予想は的中。巨塊との関連はあったようだが地震の変質については予想しかねていた。


「で、テンシュさんはどう見たんですか?」


「答え言っちゃうとな、言い出しっぺが何とかしろみたいなことを法王から言われやしねぇかとな」


 顔は向けないが横目で用心棒に徹するウルヴェスを睨む。

 セレナとシエラはその視線を追い、ウルヴェスの方を見る。

 しかし一向に気にしないウルヴェス。


「洞窟の更に下方向の、そこに行きつくための道なき先にいる、かつて巨塊と呼ばれていた存在がいるところまで、せめて通路が出来ていたなら何とかできるかもしれんがな」


 巨塊の元々の性質は粘体である。

 地中の隙間を潜って移動し続けてきた巨塊だが、感謝祭の影響により、騒動を引き起こしていた頃の巨大な力はもはやなく、重力に逆らう力すらない。

 店主には、その巨塊の行き先の予想は容易についた。

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