『法具店アマミ』の休暇の日 が終わり、ちょっとだけ違う毎日が始まるみたいです
セレナの顔からはその笑みは消え、驚きの顔を見せる。
しかし店主の表情は変わらない。いつもの飄々とした口調でセレナに告げる。
「……もういいぜ。言いたいことは全部言った。後は煮るなり焼くなり、そして消すなり好きにしな、相棒」
店主はそう言うとセレナに背を向ける。まるで、自分の後ろはお前に任せたと言わんばかりに。
セレナはその言葉にこもる期待を受け、すぐにナイアの方を向く。
ウルヴェスが送ってくる魔力を、呪文などを唱えずにナイアに向かって放出。
ナイアは跡形もなく消え去った。
「終わったよ。テンシュ」
そういうとそのまま手を上げる。
店主とセレナは背中越しにハイタッチ。
ナイアの揺さぶりに全く屈しなかった店主への賛美やバンパイアのハイクラスを退治したことで盛り上がる彼ら。
しかしそのあとの店主は散々な目に遭った。
勝利の余韻が消えた後のセレナはうれし涙を堪えながら力いっぱい店主を抱きしめる。冒険者達からは、この世界で生活をするようになった店主からパートナーとして認められたセレナへの祝福の嵐。店主はそのついでに体のあちこちを叩かれる。
「いい加減にせんか! 用が済んだらとっとと戻れ! 子供らが目を覚ますぞ!」
セレナの魔力の連結ルートを通じてウルヴェスからの叱責を全員が受ける。
全員がその怒声で何らかのダメージを追ってしまうというおまけ付き。
子供達には異常はなかったが、目が覚めた時には大人達はそばにおらずパニック気味だった。最初から子供達だけで洞窟に入っていたら、そんなには慌てずに済んだだろう。
笑い事では済まされないアクシデントに見舞われたため、当初の予定から大幅に変更。この日の昼前に現地を撤収した。
昼食は移動中。子供達にだけ、冒険者がいつも携帯している調理無用の非常食を食べさせた。
「考えてみりゃ川向うのヘルケーナ草原は伸び放題だったが、洞窟の前の草原は小さい子供が遊ぶにはちょうどいい草の丈。誰も手入れするわきゃねぇのに変だなと思ったことはあったが気にしてなかった」
「気にすべきだったということですよ。ナイアでしたっけ? 獲物をそこに誘導させるためってことだったんでしょうね。そして自分より上の強さを持つ冒険者達を遠ざけるため、わざとひ弱な魔物を洞窟のあたりに配置させ続けていた。そういうことなんでしょうね」
帰りの道中、ねぐらに近い子供達は店に戻る途中で別れる。
そして残った子供達は全員引き取り手の家族がいる者ばかりになったあたりで、冒険者達はナイアの策略について考察する。ナイアはもうどの世界にも存在はしないが、ほかの魔物も同様に思考する傾向があるとするならば、この議論も無駄にはならない。
しかしその議論に参加できない者が三名。
姿を見せないままのウルヴェス、冒険者との関わりはあるが冒険者業とはほとんど縁のない店主。
そしてその店主にべったりとくっつくセレナ。
うんざりした顔の店主。ともすれば、セレナの鎧の角に体が当たり、痛みも感じる。
子供達からは大人びた冷やかしと嫉妬が半々。
「あのなぁ、歩きづれぇんだよ。もう少し離れろよセレナ。もうじき到着すんぞ。保護者がいたら、子供に見せつけるなとか何とか言われるぞ」
「妾からテンシュには、言いたいことはそんなものではないのじゃがな」
どこからか聞こえるウルヴェスの声は、なぜか子供達には聞こえない。
不可視の姿になる魔法のほかに、声質の調節までしているのだろう。
計画を立てた時は、夕日が沈むころに『法具店アマミ』に戻る予定だった。
それが、夕日がきれいな時間帯に到着。
引き取り先の家族達に迎えられ、子供達はここで全員店を後にした。
そして残ったのは大人達。
ようやくそこで姿を現せたウルヴェスは開口一番恐ろしいことを口にする。
「さて、もう良いかのぉ……。テンシュ。このような依頼は今後お断りじゃ。お主が妾に何か頼むことがあっても、テンシュ殿を守る。これは絶対に譲らん。テンシュ殿がそれを聞き分けることで、妾からの怒りの一撃は勘弁してやろう」
「いや、さすがの俺もまさかあんな……、いや、今回は……今回ばかりは貸し作っちまったか。悪かった。面倒かけちまったな」
珍しく店主からの謝罪に、ウルヴェスはわずかに顔をほころばせる。
「結果として、何事もなくて何よりじゃったがな。じゃが金輪際、自分から危険なところに首を突っ込むのを守るのはなしとするか。日常の中に潜む危険からなら守るべきではあるが」
「あんなこと滅多にやらねぇよ。大体普通の奴じゃねえとは思ってたしな」
「分かってたの?」
セレナは驚きの声を上げる。全員の思いもそれに一致しているようだ。
「普通に話しかけてきたしさ。ただいちいち子供の顔なんて覚えてねえしよ。魔術が使えるなんて思ってもみなかったし、暇つぶしにはなったかな」
「危険かもしれんという話はみんなからも聞いたじゃろうが。この性格はどんな輩にも敵うまいなぁ」
半分呆れたウルヴェスの率直な感想に全員頷く。
よくもまぁこんな性格の持ち主と長らく付き合ってきたものだと、全員がセレナに同情を禁じえなかったが。
「ま、殺気とかはなかったし、そんなに心配はしてなかったな。なんせ俺にはこいつがいるからな。なぁ、相棒」
店主はニヤリと笑ってセレナを見る。
「都合のいい時だけ相棒呼ばわりは勘弁願いたいわね」
セレナは腕組みをしてフンと鼻息一つ。
「あ、なんかムカついてきた」
「ニードル、それ嫉妬ってやつかもよ?」
「私もそんな関係の人ほしいなー」
「はは、つまり彼氏『は』必要ないってことかな? シエラちゃん」
「ぶーっ。ライヤーさんの意地悪っ」
からかいの言葉に頬を膨らませるシエラ。それが全員の笑いを誘う。
それからしばらくは歓談が続く。
「それにしても、なんか、のろけ話聞かされるよりもまいっちまうな。まぁ俺らもいい経験させてもらったし、明日からはまたいつも通りだし、そろそろ撤収するか。これからもよろしくな、テンシュ、セレナ」
スウォードが頭を掻きながら椅子から立ち上がる。それをきっかけに、冒険者達全員が店から出る。
「……テンシュよ。子供ら相手の毎朝の行事は続ける気かの?」
一人残ったウルヴェスが、その熱を冷ましながら静かに尋ねる。
今回の事件のことの発端。しかし早朝の勉強会が、この都市の治安を良化しているのは確かである。
もうじき身を引く予定とはいえ、まだこの国のトップの役職についているウルヴェスは、細かいところまで手をかけるには手が足りない。
「続ける熱望もないが、向こうから寄ってくる奴がいる限り無理やり辞める気はねぇな。それと素材採集の場所探し、次からは俺だけかセレナと一緒にやる予定だから、そんときはよろしくな」
子供達と一緒のイベントにはならないことにウルヴェスは安心する。
しかし、今日子供達が探し出した鉱石の数々を見て、『法具店アマミ』の新たな資源の採掘場所として決めたばかり。
「……巨塊が良質の宝石を生産していた。そしてその巨塊が次第に小さくなっていった」
「その話は聞いてますけど、それとどう繋がるんです?」
シエラの質問ももっともだ。だがその話の続きに答えがあることを店主は確信していた。
「魔物が死ぬ、あるいは排泄物か、それが価値のある資源の生産になるなら、おそらくあの洞窟もいずれは枯渇する」
「ナイアが消滅したから、だよね」
「あぁ。だからといってその魔物を生かすって考えはなしだ。ウルヴェスのあのときの政治に取り組む覚悟を考えたら、デメリットのないメリットを目指すべきだ」
ウルヴェスが行った、店主の命を狙った政治家達の粛清。
政治の手が足りない故に、能力の有無だけで登用した者達が起こした反乱。
その決心を考えれば、それをウルヴェスに思い立たせた張本人が主張すべからざることである。
「となると、やっぱりそのことを見越して新しい採集場所探ししなきゃなって思うんだよ。理想を言えば人里離れた場所がいい。資源の乱獲を防ぐためにもな」
「じゃが今スグにというわけでもなかろう。テンシュ殿と嬢二人だけというなら何の問題もないぞ? ま、いつかはそういう計画を実行するということじゃな。心得ておこう」
そういうとウルヴェスも音もたてずに立ち上がり、「また明日来る」と一言残して店を出る。
そして迎える閉店の時間。
スウォードの言う通り、またいつもの毎日が始まる。
しかし『法具店アマミ』はその日以来、常連客をはじめしょっちゅう店に来る客達には何となく雰囲気が変わったように感じられた。
よくよく観察すれば、セレナの振る舞いが明るくなっただけだが、遠足の関係者以外はそれに気付かない。
人の目がある限りなるべく今まで通りの言動を心掛けているが、客がいない時だと店主に対する態度が明らかに変わった。
「じゃ今日は前から伝えてた通り、新人冒険者チームにレクチャーする日だから、一人で店番頼むね、相棒!」
その言葉、そんなに気に入ったかよ。
そんなことを思いながら苦笑いの顔をセレナに向け、見送りの言葉をかける。
「おぅ。こっちにも収穫頼むぜ? 相棒!」
そして店主も、いつもの宝石加工の仕事に取り掛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます