『法具店アマミ』の休暇の日 大人たちの穏やかな夜
店主達の目的地はラミット洞窟。
しかしその中で寝泊まりするには、子供達を守るには環境は良くはない。
洞窟の奥は行き止まり。入り口から魔物に襲われ、冒険者達の守備範囲の外に出られてしまうと、逃げ道のない奥に子供達が追い込まれる可能性がある。その奥から援軍が現れることもあり得ない。
そのような理由で洞窟の外、約一キロメートルほど離れた草原にテントを二つ立てる。数の理由はもちろん男女別にするためだ。
夕食が終わり、冒険者達が男児十二名、女児十一名、それぞれ子供達をテントに誘導し全員を眠らせる。
「おぅ、テンシュ。あんなに離れて何してたんだよ。子供達は全員で……」
「あぁ、俺が人数聞く必要はないさ。はぐれた子供いなかったしな。それに、少しだけ余計なお世話したかもなって思ってる」
ギースからの人数の報告を制し、やや自虐的なことを言い始める店主。
ウルヴェスとの会話で、子供達の普段の生活のことまでは頭が回らなかったことに気づかされ、睡眠の環境を整えることが彼らのためにならないかもしれないと思い始めた。
「普段の夜の過ごし方が野宿ってことまで考えられなかった。安心して眠ることができる今の環境が、店の休業と一緒に終わることになる。あいつらがテントの中での睡眠が気に入ってしまったらと考えるとな」
「……それが本来の生活のスタイルなのよ。本当は、雨風から住む場所を守る、そんな環境が生活に必要なの。テンシュさんのしたことは、子供達にとっておせっかいなんかじゃないわ。子供達がこれから生きていく目標を与えたのよ。そんなに卑下することはないわ」
『クロムハード』のスリングの言うことに全員が同意する。
確かに家族や一族から見離された子供達にとっては、浮浪児と呼ばれる条件が当てはまった生活が現実である。
そして今のテントの中での睡眠は、通常の一般人の生活とはまだかけ離れている。しかし子供達には非現実な生活形態である。
だが、そんな生活をする人数の増加がモラルを低下し、文明や文化の発展の妨げになり、それを支える学問学術、生活技術が滞る原因にもなる。
「誰にだってどんなことに対しても向上心は必要だと思う。そのためには指導者の立場は必要さ。俺らだって気に掛けることはある。だが俺たちにも生活がある。あんな子供達がしている生活と似た立場にあったこともあった。どんな大人でもいいから、どんな助け舟でもいいから必要だって心から願ったこともあったさ」
ワイアットが珍しく表情を暗くする。真剣な表情になったり、誰かのために深刻な顔つきになることはあっても、自分のことを語るときにはあまりそうなることはなかった。
「だから、テンシュから店を休む理由を聞いたときは、これで子供達に活力が生まれるって希望が見えてうれしかった。人任せなのが心苦しかったけどな」
「そうですよ。俺もそう思います。……って、こんな話、素面じゃできないですね」
「子供達の相手で俺らもろくに食っちゃいなかった。良い子はもう寝る時間。こっから先は俺たちの時間だぜ?」
『ホットライン』のライヤーの後を継いで『クロムハード』のスウォードが酒瓶を掲げる。
が、すぐにその揚げ足をとる店主。
「ほお、こっから先は悪い子の時間ってか? 悪いことをする子はお仕置きが必要だぜ?」
「はっ。こっから先は、良い大人の時間ってことだよ。良い子らの後始末もしてやらなきゃなんねぇしな。子供達の見本にもなるってわけだ」
『クロムハード』のクラブが切り返し全員の笑いを誘う。
こうして月明かりと星空の下で大人達の夜の時間が始まり、ゆっくりと過ぎていく。
─────────
「それにしてもこういう夜の過ごし方は初めてだな」
「冒険者チームいくつかが一緒になってっていうのはほとんどないからな」
「合同作戦とかはあったけどね」
大きな焚火を囲うように座る三つの冒険者チーム。
「私は初めてです。お姉ちゃん達と混ざったことはあったけど」
それに加わっているセレナとシエラ。
セレナも彼らとほぼ似たような経験を積んでいて落ち着いたものだが、シエラはやや興奮している。
「しかしテンシュさんにこんな企画力があるとは思わなかったな。……って、テンシュいないじゃん。どこいったの?」
「さっきトイレに行ってくるって。テントと一緒に作った簡易トイレの方に行ったけど……遅いな」
店主の隣に座っていたセレナが、『クロムハード』のアローに言われて。まだ戻っていないことに初めて気付く。
「あれ? あの川のそばで座ってるの、テンシュ?」
「相変わらず気まぐれだな。物思いに耽てんならそっとした方がいいかな」
「野良魔物に襲われたらすぐにあそこに届かないから、呼ぶかそばにいてあげないと。子供達の心配する割には不用心すぎ」
「私、行ってくる」
「あ、いいよ、キューリア。私が行くから」
セレナが立ち上がり、焼きあがった肉やほかの惣菜を適当に見繕って店主の元に届けに行く。
「……テンシュ、釣れますか?」
近くで細やかに鳴く虫の音が止まる。
そのことに気づいた店主は、誰かが来たことを察知する。
声をかけられたことで、その主がセレナであることを知ったが、その方を見向きもしない。
かといって、お手製の釣り竿の先や川面にも目を向けてはいない。
店主の神経は、なんとなくテント二つの方に向けていることをセレナは感じ取った。
「何か食べたら? 食べ物持ってきたよ」
「……あぁ」
素直なのは返事だけ。
店主は微動だにしない。
「……テンシュって、時々自分のことにも無頓着な感じがする。私達には最初は遠ざける感じだったよね? 借りを作らないなんてことはまだ言ったりすることあるから、他人にも自分にもそうなのかと思ってたんだけどさ」
セレナの話は店主の耳には入っているのだろうが、何も反応を示さない。
「呼吸は生理現象。止めても我慢できないんだよね。けど、食事はそうじゃない。我慢しようと思えば極限越えられるんだよね。私達にはすごくどうでもいいなんて言うことあるけど、自分の食事もすごくどうでもいいって思える時があるよ。仕事してるときなんか特に」
胡坐で座っている店主。肩肘を太ももの上に立てて顎を支えている。その肘を時折右から左、左から右へと変えるくらいで、視線も体勢も、そして表情も変わらない。
「……あの人のことがあるから?」
「酒、飲みすぎなんじゃねぇのか? 今も警護と監視してなきゃなんねぇんだがな。その役目全員がへべれけになってたら同行してる意味ねぇぞ」
店主はその答えは分かっていた。
大体日本酒と似たアルコールの度数の酒をビール瓶三本くらい飲んでも、セレナは酔いは回ることはないということを。
セレナだけでなく、引率している冒険者全員もそんなものである。
冒険者達が仕事を終えた後、酒場で盛り上がることはあるが、店主の住んでいた世界で言われる強い酒を、まるで水のように飲んでいる。
もちろんアルコールに弱い体質の者もいるが、そんな者達の中には冒険者業から脱落する者も多い。
飲み物の方も薄い酒もあるが、一般人向けである。
「酔っぱらった真似しよっかなー。みんなにはよく見えないだろうし背中向いてるし」
「うぜぇな、この酔っ払いエルフが」
セレナの悪ふざけもあっさりとあしらう店主。
しかしそんなやり取りもセレナは楽しく感じるようだ。
「……でもホント、何か食べないと体力が持たないから。お昼もあまり食べてなかったよね?」
昼食は移動中だったため、ピクニックのような感じだった。
警戒に神経を尖らせるようなところまではいかないが、集団から離れる子供がいないかどうかを常に見ていた店主は、手のひらに収まる器にしか入らなかった分の食事しかしていない。
「体がふらつかないで機嫌のいい顔も出来るなら食わず飲まずでも平気だな。仕事から離れてるからさすがに睡眠不足はつらくなる」
「仕事中っていうか、作業中はほんとに寝ないもんね。まぁそれも心配だけど、みんなからこんなに離れてるから魔物に襲われたら守れないってぼやいてたよ」
セレナのその一言を聞いて初めて動く。
店主は釣竿を川べりに置き、立ち上がり焚火の方に向かう。
「俺よりもあのガキ共の守備に回ってもらう必要があるからな。その仕事の邪魔になるようなら、俺も自分勝手な行動は控えねぇとなぁ」
「そうだよ。物わかり良くなってきたね、テンシュ……って、その糸の先、針がないじゃない。釣れるわけないでしょ?」
「あぁ、釣れねぇな、多分」
今までの店主の行動に何の意味があったのかと呆れるセレナ。
「バカかお前は。釣りよりもガキ共の安全のほうが大事だろうが」
焚火の位置よりも店主が今いる場所のほうがややテントに近い。
例え焚火の位置のほうが近かったとしても、火を避けてテントに駆け付けるにはやや時間がかかる。
「こっちに気を遣わずに子供達の方を気にかけて……ツンデレそのものじゃない」
「うるせぇな。とっとと戻るぞ。あ、それ、いらねぇからな」
店主の後を追いかけるセレナ。
二人が立ち去ったその場から、再び虫の音が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます