『法具店アマミ』の休暇の日 そして初日の日が暮れる

 予定の時間よりもいくらかは遅れたものの困った事態に陥ることはない程度で、目的地のラミット洞窟の手前の草原に到着した店主達一行。

 夕日を浴びながらの夕食はバーベキュースタイル。

 店主にとっては新鮮な気持ちを持つが、仕事中の冒険者達や普段の子供達にとっては、ちょっとだけ上品な、いつもの夕食のスタイルである。

 生活形態が違うので、ここにくるまでは店主にまとわりついていた子供達も、そのことについては話題がかみ合わない。

 自ずと冒険者達の人気が高まっていく。


「頼りないって思われるのは癪だが仕方ねぇよな。事実なんだから。ま、うっとおしさから解放されたのは悪くない気分だ」


 夕食を子供達に振舞う冒険者達。その輪から少し離れて全体の様子を見る店主。

 草むらの上に仰向けに寝転がる。

 薄暗くなっていく方の空を見て一番星を見つけ、こんな風景を見たのはいつの日以来かと子供のころを振り返る。


「ふむ、寂しくなったかの? 何なら妾がそばにいてやろうか?」


 不可視の状態からややうっすらと姿を現すウルヴェス。

 それでも遠くにいる子供達からは当然見えない。


「子供らの監視してろっつったろ? 外側からの異変は感じねぇし、俺への脅威も見当たらねぇ。俺は問題ねぇよ」


 ウルヴェスに顔をしかめる店主。

 子供達に何かの被害があったらば、自分の保護者としての立場もまずくなる。

 町の風紀も良くするための活動ではなかったが、思いの外店主主催の勉強会の評判はいい。

 それが台無しになっては、思うところがある店主にとってもいいものではない。


「日中のテンシュ殿の周りのにぎやかさに比べてあまりにも寂しそうだったのでな。ま、テンシュ殿のあの面倒さを、彼らも少しは味わうといいだろうよ。ふふ、セレナもテンシュのそばに来たくても来れないといった顔しとるわ」


「……あんたも晩飯、食ってきたらどうだ? つってもまだ子供らが騒がしいな。まぁそのうち静かになるだろうよ。俺はそこの川で魚でも釣って適当に焼いて食ってるさ」


 店主は日中の喧騒を洗い流すように心を静めるため、目を静かに閉じる。

 それを見てウルヴェスはやや顔を険しくする。


「テンシュ殿は気づいておるのか? 集まった子供らの中で、厄介な者が混ざっておるようじゃぞ?」


「そんな奴、いたかな。さぁ? 俺には分かんね」


 店主のこの世界での生活も長くなったとはいえ、違いが分かりかねる種族もいる。

 種族そのものがその個体に悪意を生じさせる者までいたりする。そこまで見分けることは、店主には不可能である。しかしこの世界の住人達には、その点は常識の範囲だったりする。

 出来ることは出来る限り他人の手は借りない。

 しかしできないことは他人に任せる。

 それはウルヴェスに対しても同じ姿勢の店主。つくづくマイペースである。


「そうのんきなことも言っておられんかもしれんぞ? もし魔物があの中に紛れ込んでいたら、まず先にほかの子供らが人質になってしまう」


「……あんたの力をフルに発揮したら、子供達が委縮しちまう。下手すりゃ残された果てしない寿命を、一つも言うことを聞かない体で過ごすことになりかねない、か」


 ウルヴェスは険しい表情のまま、店主から遠くにいる集団に視線を移す。


「ひょっとしたら、妾のように不可視の術をかけたまま接近している可能性もある。その邪悪な意志の持ち主の標的は間違いなく子供達じゃ。一対一なら瞬殺じゃが子供らにまで影響を及ぼすとなるとな」


「……あいつらだって修羅場乗り越えてきてんだろ? でなきゃ斡旋所なんて、冒険者ごっこの主催者でしか過ぎない。あんたほどじゃないが、アテにはしてるよ」


 知り合って間もないころの突き放すような態度をとることが少なくなった店主。特に子供達にはそれが如実に表れている。

 まるで我が子の成長を見ているような顔をするウルヴェス。


「テンシュ殿の世界に戻るのに都合が悪くなることまでは思いが至らなんだ。以前からテンシュ殿に申しておるように、この世界の住民になることを妾は歓迎しておる。そのための」


「いきなりなんだよ。まどろっこしいな。言いたいことがあるならはっきり言いな」


「……いや、あのころと比べてあまりに店主の言動が好ましいものに変わってきたのでな。何かあったのかと聞きたかったのだが、テンシュ殿のことだ。そう簡単には答えんじゃろ? ……話は戻るが、二人か三人ほど怪しい子供がおる。その者には十分注意せよ? 下半身が蛇のラミア族の、赤っぽいシャツを着た女児。甲殻の亜人の男児。それから……」


 店主は、忠告に変わったウルヴェスの言葉を途中で止める。

 何かが起きた時には子供達を守ってもらいたいという思いはあるが、何かが起きると決まったわけではないし、何事もなく『法具店アマミ』の休業日を終わるのが普通だろう。

 遠くで騒ぎながら夕食を楽しんでいる一団が少しずつ静かになっていくのを感じ、店主はゆっくりと立ち上がる。


「そろそろ子ども達ゃお眠の時間かね? 食料残ってるんならあんたも食いな。ただし子供達全員寝静まってからな」


「そしたら大人達で全部食い尽くして、妾の分など残っておらんだろうが」


「そんときゃそんときだ。俺の魚の夜釣りに付き合えよ。いくらか分けてやってもいいぜ?」


「川魚に夜釣りもあったもんじゃなかろうが。アテにしとるが期待はせんぞ」


 どっちが本音だよ、と軽く笑いながら、遠目でもうとうとしているのが分かる子供達に向かって店主は近寄って行った。

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