作る者が伝える者へ 適した人材
居残り組はいつまでいるか。
『法具店アマミ』にずっと居続けるのは彼らにとって実りのあること尽くしなのだが、彼らにも生活はある。当然仕事をしないと生活費を稼げない。
冒険者志望の者は冒険者達の仕事の手伝いをしたり、開業志望の者は素材採集に出掛け、手に入れた物を卸業者や店主のような店に持ち込んで買い取ってもらい日銭を稼ぐ。
店主としても、邪魔しなければ作業中ならいつまでもいてもらっても気にはならないが、仕事の区切りがつくたびに質問攻めにあうのは流石に閉口ものである。
「でも無報酬で誰かに何かを教えるって、テンシュも人が悪いんだかいいんだか分かんないね」
「俺は教師や先生じゃねぇ。俺の仕事の報酬なら正当な評価で受け取るが、俺の仕事じゃねぇなら金は受け取れねぇな。それにタダってことは、その程度の価値しかねぇ。もっと上質の知識が欲しけりゃ金払って手に入れなってこと。そしてそんなもんは俺にはねぇ。俺にとって上質な知識だが誰にも当てはまるこっちゃねぇ」
「……テンシュの物の言い方、ホントこの世界の住民って感じになって来たわよねぇ」
「……えーっと、ウルヴェスげ……さん。話題がずれそうです……」
ウルヴェスの店主への呼び方に「殿」がはずれ、初対面では恐れおののくしかできなかったシエラが法王に対して「さん」づけになる。
「お前の馴染み具合ほどじゃねぇよ」
店主はウルヴェスにそう答えるが
「まったくだよ。なんで庶民の中に堂々とここにいるのか訳分かんなかったよ。まさか法王にさんづけで呼べる日が来るなんで誰が想像できるってんだい」
「お前もお前で、そっちの店はどうしたよ? ニィナ」
「毎日恒例のお弁当。今日もここに立ち寄るんだろ? ミュールは。あたしもこれから別の所でお仕事。あいつが来たら渡しとしてね、テンシュ。頼んだよー」
「やれやれ。美しい姉弟愛だねぇ。っていうか、待ち合わせ場所に使うんじゃねぇっての!」
店主の大声は、すでに店から出たニィナには届かない。
『風刃隊』が泊りがけの依頼を受けない日は一日も欠かすことなく、ニィナは彼らのためにこうして昼ご飯を五人分用意する。
彼らがニィナの家に行かないのは、彼女の仕事にほとんど用事がなく、『法具店アマミ』に陳列されている品物が毎日少しずつ変わるので、掘り出し物を見逃すまいとチェックに余念を欠かさないため。
ニィナは仕事のため店を不在にすることもあり、すれ違ったときの手間を省くため、都合の良いメッセージの中継地点という訳である。
「テンシュー。何かいい物店に並んだー?」
冒険者チームの上位に定着するようになって何年も経つ『風刃隊』がこの日の最初の常連客。彼らの顔を見た店主は一段と険しい表情になる。
「毎回買い物に来るからまだ許せるけどよ。そうでなかったら踏みつぶすとこだぜ。ミュール、いい加減ここ使うんじゃねぇよ!」
ニィナからのことづけは、承諾も拒否もしない。カウンターに置き去りのままの弁当を指さし、目障りとばかりにその指で弾き飛ばす真似をする。
それを済まなそうに受け取るミュール。
「わ、私からも散々注意したんですが、全く聞く耳持たず……」
「こっちの知ったこっちゃねぇよ! とにかくあの『ブラコン』何とかしろ!」
「ブラコン?」
「ブラコンってなんだ?」
「まだたまによく分かんないこと口走るよね、テンシュ」
「……ブラザーコンプレックスっつってな、ブラザー、つまり男の兄弟を溺愛して弟離れ兄離れできないやつのことをだな……」
「あぁ……うん。そりゃ確かに恥ずかしいな、ミュール」
「うぐぅ……」
今度は日本で頻繁に使われる語学教室が始まる。
「……セレナさん、またテンシュさん、はぐらかされてますよ?」
「いや、あれは長期的に見て、テンシュが使う言葉をより使いやすくするための環境づくりの一環ってことらしいのよね」
常連客の足は戻って来ており、その客から新規の客へと繋がっていく。しかし午後になると訪問者層が替わり、碁の対局希望者も訪れる。
なかなか店主の仕事の効率は上がらない。
しかしこれが別方面で意外な効果が現れる。
朝の勉強会に集まっていた子供達の数人がその対局を見て、見よう見まねで始める。
「……育児放棄された子供と馬鹿にするもんじゃないな。ちょっとワシともやってみるか?」
そのプロの道から外れた実力者たちの目に適い、冒険者や店を開くよりもそっちの素質に目覚めた子供達も現れる。
「……勉強会ごっこの次は人材育成か? 俺の仕事は宝石職人なんだってば」
店主の人生、なかなかままならないようである。
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