作る者が伝える者へ 適当な人材

「しっかしなぁ」


「なぁに? テンシュ」


 頭を掻きながら、今日も仕事を始める店主。

 彼の生徒と呼んでもおかしくない集まってきた者達は、年長者でも店の入り口付近に座っているウルヴェスを綺麗なお姉さんとしか見ていない。

 法王から見送られて今日も一日元気に過ごす彼らは、彼女を法王とは思ってもいない。

 何人か居残り、店主の仕事を見学する者達も同様である。


 彼女と同じく彼らの背中を見送る店主は、溜息を二度、三度と続ける。


「一年経ったら養成所に通える奴もいるんだろ? そしたらこっちに顔出すまでもないだろう?」


「そりゃもちろんそうよ。それで?」


「なら人数が減るのが普通だろう。ここより養成所で勉強する方がいいに決まってんだから。何で人数が年負うごとに増えていくんだよって話だよ」


 恨めしそうにセレナとシエラ、そしてウルヴェスを睨む。

 その人数の増加は店の売り上げに貢献してくれる買い物客を上回っている。

 店の営業には力を入れてはいない。しかし来るから仕方なく相手にしている、店主からいろんなことを教わろうとする者達を募集する気はそれ以上にない。


「大体冒険者職に就きたいって奴なら、俺よりセレナの方が適任だろうが。なんで俺から教わりたがる」


「良いではないか。おかげで随分物の言い方が自然になった。術にかかっていた頃とさほど変わらんぞ」


 カウンターから遠い店の入り口に椅子を置き、足を組んで座っているウルヴェスには好評のようだ。しかし論点がずれている。


「魔術や魔法だって、元々俺にはない知識。俺が分かるのは石や物にどんな力があるかってことぐれぇだ。色ボケてそうなそこの女の方が教える知識量の方がもっと上だろうによ。っつーか、何でこんなに馴染んでんだよこいつは……」


「こんな色ボケな姿では、教わる方も集中出来んよ。それに妾はあくまでもテンシュの護衛。そしてテンシュの身内もついでに守るという役割よ。居残りのそやつらとて、テンシュの命を狙う刺客やもしれんぞ?」


 その居残った達は店主達の会話を耳にするが口を挟まず、並んだ椅子を片付けてこれから始まる店主の仕事の見学をするために好位置を陣取る。

 彼らの思いは、ウルヴェスからの突き刺すような視線も意に介さず、ただ店主の仕事ぶりから何かを得ようとする一心のみである。

 彼女の視線もまた、ふるいの一つ。中途半端な気持ちで臨む、あるいは野次馬根性で覗きに来るだけの、真剣に学ぶ者や店主の仕事の邪魔になるような者達はそれに耐えきれず店から逃げ出したこともある。


 それでも残った者達とて、どういうつもりで店に残ったかまでは分からない。

 ある程度の時間でウルヴェスは一旦引き上げるが、数時間してまた訪れては去り、去ってはまたやって来るその繰り返しで警戒することは怠らなかった。

 結局それはウルヴェスの杞憂に終わる。

 彼らは店主の仕事の邪魔にならないように見学し、仕事が一区切りついたところでいろいろと質問をしてくる。

 しかも彼らは、次の店主の仕事の邪魔にならないように節度を守る。

 さらには店主からの答えの話し方に少しでもおかしい所があると言い直しを求める。

 店主の言葉の勉強にも一役買っている彼らのことを思うと、ぶっきらぼうの店主もさすがに無下には出来ない。


「大体俺は宝石職人なんだよ。何で武器の話までしなきゃならん。冒険者達との体力の差なんてかけ離れすぎてるってのに」


「いいじゃないですか。きちんとした話は養成所でするんだし、今のところテンシュさんのお話しはその内容と矛盾してるわけでもないし、養成所入所のお手伝いしてると思えば」


「いいからお前は店の経営の勉強してろ、お前はぁ」


 会話に混ざることが出来なかったが、それでもシエラは弟子入りしてからは笑顔を見せない日はない。


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