事情説明
店主は、寝苦しい夜が終わった朝を迎えた。
──────────────
昨夜の無理矢理浴室に連れ込まれた仕返しとばかりに、セレナは風呂上がりに寝間着に着替えた後、ベッドの上で店主に覆いかぶさった。
店主が理解できない大陸語で何やら話すが、店主は単語一つだけ聞き取れた。
その単語は「ぬいぐるみ」。
ぬいぐるみ自体ないのでぬいぐるみに該当する大陸語はない。日本語そのまま発音されたため店主も聞き取れた。
察するに、久々に寝る時の相棒であるぬいぐるみと一緒に眠る予定がそれどころではなくなってしまった。
その代わりになれと言ったのだと店主は解釈する。
そしてセレナは店主の体に両手を絡ませたままセレナは眠ってしまう。
が、その手の力は意外に強く、店主は解くことが出来ない。
楽な体勢になりたくてもなかなか動くことが出来ない。
[お、お前なぁ……、もう少し離れろよ……。……子供かよこいつは。ま、いっか]
笑みを浮かべて閉じている目から、かすかに涙が浮かんでいる。
そんなに近すぎてはいない彼女の寝顔を見た店主は何も言えなくなった。
─────────────
「不機嫌な顔してるねぇ。まぁ大体の予想はついてるけどさぁ」
「気持ちは分からんでもねぇけどな」
「ここは集会所でもなきゃ、寄り合いの会場でもないんだけどね」
『風刃隊』のミールが店主を顔を見て呟き、ギースがそれに同意する。
しかし不機嫌な顔をしているのは店主だけではない。
院長のジムナーも苦い顔をしている。
噂が広まったということもあるのだが、『風刃隊』からも情報を得た常連たちや世話になった冒険者チームが店主の病室に押しかけて、室内ほぼすし詰めの状態。来訪者は廊下にまであふれかえっている。
ライリー、ホールスも駆け付け、シエラには泣かれて叩かれる。
事情を説明する前から店主はもみくちゃにされる。
不機嫌むき出しになるのも仕方のないことだろう。
そして気まぐれで自分勝手な行動をとることもあった店主も流石にこのままではまずいと思ったのか、ジムナーから許可をもらい待合室の隅の方に移動する。
「えーと、先に皆に言う必要があるのは……。セレナ、今の文法と発音、ヘン?」
「大丈夫。聞きやすかった」
今までは店主はこの世界の者達と会話する中で、ウルヴェスから授かった力によって日本語並びに日本で通する外来語とこの世界の大陸語の相互自動通訳の効果の恩恵を受けていた。
しかしこの世界で貸しは作りたくない店主は、その力に甘えっぱなしにならず、自力でこの世界の言葉を身につける努力を普段から続けていた。
その効果がようやく現れた形になる。
そんな店主の話に、傍に居るセレナの補足が加わる。
まだ物の言い回しや強調したいところを変えるための文法の変化に不自由なところはあるが、周囲に思いを伝えるには十分のようだった。
「言葉が不自由になった。今までの俺の話の仕方が違うと思う。今までは法……クソジジィが押し付けた力の効果だ」
「テンシュ……そこは言い直さなくていいんじゃない? えっと、クソジジィってテンシュは言ってるけど、法王のウルヴェス猊下のことだから」
セレナの詳しい説明で一同がざわめく。
法王に向かってクソジジィ呼ばわりとは相変わらずという関心の声と、いつ法王と知り合ったのかという疑問があちこちから聞こえる。
「巨塊討伐でこいつが倒れたのは知ってるだろう?」
「私が国からの調査員達と一緒に洞窟で意識不明になった時の話。あの時はみんなに迷惑かけたわ。改めて礼を言うわ。いろいろありがとう」
「俺にとってはそれで話は終わり。この世界と縁を切るつもりだったんだ。だがこの話に新たな登場人物が現れる。俺は別世界の人間だってことは知ってると思う」
この店主の一言で驚いたのは、その説明を聞いたことがないニィナと建具屋に手伝いに来る若い衆たち。そしてこの病院長のジムナーである。
「……ニィナさん、先生。黙っててごめんなさい。ここでの店は、昔とは切り離して始めたかったから」
「まぁいろいろ事情はあったんだろうよ。それより話を続けてくれねぇか? ジジィって、法王サマのことを言うなら見当違いだろうよ。若々しい女の人だろ?」
別世界の者である。
それを隠していたことを謝罪するが、初めて聞いた者達はニィナの意見に賛同する。
「助けたのはセレナだけじゃなかった。助かった者達は国の役員ということで、一番の責任者が礼を言いにきた」
「私のところに来たんだけど、テンシュはもう来ないつもりってことを猊下に伝えたんだけど、どうしてもって。店主の世界と行き来できるのは……私とテンシュなんだけど」
人族であることから『風刃隊』のワイアットにも往来出来るようにしたのだが、ここでは大した問題でもないだろうし余計な話で時間を無駄にしたくない。
「ついでに巨塊を何とかしたいという話をされた。巨塊の栄養を消す。生き物が少ない地下にいる。他の栄養は人の思いだそうだ。感謝祭を開く。その提案をした」
「バルダー村で感謝祭を毎年二回だっけ? やってるでしょ? あの発案者なの」
ベルナット村時代の店の常連でも、その話は知らない者もいたようだった。ニィナ達は『風刃隊』と初対面で弟のミュールと久しぶりの再会をした時に聞いていた。
驚きの声が方々から聞こえる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます