再会 普通の風呂だけに水入らず
「ちょっ、まさか、一緒に風呂に入るんじゃないでしょうね?! テンシュッ!」
ジムナー魔術診療所の入院病棟は男性と女性とに分かれている。
だから浴室もそれぞれに用意されているので、店主が入院している病棟にある浴場は当然男性専用である。
もっとも専用と言っても、女性が入ることが出来ない仕組みがあるわけではない。破ると罰則があるようなものではなく、ただの決め事にしか過ぎない。
[問題ねぇよ。いくらお前の体が大きくたって、そのタオルもそれなりに大きいから平気平気]
交わす言葉は互いに通じなくても、何を言っているのかは何となく互いに分かる。
自分よりひ弱な男から袖を掴んだ両手を振り払われ、今度は泊まろうと思えば止められるはずがなすすべなく浴場へと引きずられている冒険者。
そんな図が、店主の病室から浴室への廊下で展開されている。
[大体お前だって長旅だったろうが。汗にまみれた女エルフなんてちょっとアレだぞ?]
にやりと笑いながらセレナを見るが、セレナは店主が何と言っているのかは分からない。
しかし何となく馬鹿にされた気分にもなる。
「男女一緒にお風呂に、しかも病院のよ?! 非常識この上ないじゃない!」
店主もそこら辺は弁えている。
誰がいつ風呂に入るかというのは、店主が住んでいた日本の病院でも、浴室にその予定表などが備え付けられているのは何度も見たことがある。
言葉は通じなくても、セレナの拒否する理由は大体想像がつく。それを踏まえた上で店主はセレナを、無理矢理浴室へと引っ張っていく。
そして片言の大陸語でエルフにかけた言葉が
「女エルフ、汗臭い」
である。
言葉足らずなどと可愛いものではない。
セレナは顔を真っ赤になるが、店主にどんな顔をしていいのか分からない。
そうこうしているうちに浴室の前にたどり着く。
[入浴予定者はこの後はなし、か。貸し切りだぜ、ここ]
店主の予想通り予定表が掲示板に書かれてある。
それを指さして問題なしというアピール。
周囲に人がいないことを確認すると、ドアを開けセレナの背中を押して入室した。
[お前の鎧の外し方分かんねぇから自分で外せな]
そう言いながら来ている服を全部脱いで素っ裸になる。
[お先に]と言いながら浴場に入る。セレナの事は当然置き去り。
そしてしばらくしてからシャワーを浴びる音が中から聞こえてきた。
(……その、話で聞いた変な奴が来たら、今のテンシュは無防備よね……。うん、これは護衛、護衛の役目上仕方なく、仕方なくなのっ!)
セレナは自分に言い訳を繰り返し、鎧に衣服全て脱いで浴場に入っていった。
[お、来たか。ボディソープもシャンプーもそこにあるからなー。病院の物らしいから持って帰るなよ?]
店主の響く声。
しかしどんな毒舌でも口から出るのは日本語なので、セレナは何を言われているのか分からない。
「こ、こっちを見るなよ?」
[あ、今のは聞き取れた。確かこの国の言葉だと……あ、あの返事でも問題ないな]
「すごくどうでもいい」
「ど、どうでもいいって、それはそれで失礼でしょうが、テンシュっ!」
セレナからの反応は何と答えたかは店主には理解できない。
しかし予想通りの反応だったようで、店主の笑い声が場内に響く。
温泉や銭湯のような広い浴場ではない。
住まいの風呂場のせいぜい二倍くらいの広さ。だからセレナの姿もシャワーからの湯気ではっきりとは見えない。
逆にセレナからも店主の姿は所々湯気に隠れる。
四日分の垢を落とすには、洗体一回だけでは終われない。
洗っているうちに体も冷える。二回ほど湯船に浸かり、冷える度に体を温め、また洗う。
店主が三度目の湯船の中で体を温めていると、セレナがその隣に入ってきた。
湯気が立っているとはいえ、隣に来れば流石に間近にセレナの全裸は見える。
が、店主が目を奪われたのは、セレナが最初に湯の中に入る太もものみ。水滴が弾かれるくらいに瑞々しいその肌に一瞬見惚れるが、肩までお湯に浸かったまま。すぐさままるで遠くを見るかのように、しかし力強く正面を見据える。
[……俺の存在を否定する奴らがいる。そして俺を慕ってくれる奴らもいる。だが、死に怯えながら死を迎えるような、そんな無様な真似はしたくねぇ。『生死事大、無常迅速、各々よろしく醒覚すべし、慎んで放逸することなかれ』ってな。振り回されるのは御免だね]
そう力強く言い切ると勢いよく立ち上がり湯船から出る。
タオルを絞って体を拭くと浴場を後にする。
日本語は全く理解できないセレナは慌てる。
「え? もう出るの? 私まだ温まってないのにっ!」
[……しゃあねぇなぁ。今お湯に入ったばかりだもんな。扉開けっぱなしにして待っててやるよ。って言ってること分かんねぇか。えーっと……]
セレナの言葉は理解できなかったが、何を訴えたいのかは察知した。
言いたいことを分かりやすく大陸語に脳内で変換する。
「……お前をここで待つ。お前の汗臭いの、嫌い」
「……テンシュ、もうちょっと、いろいろと言葉、勉強しようね」
セレナのため息をついたその気持ちは呆れた思いか安心した思いか。
いずれにせよ、店主への勉強の進み具合はセレナに言わせれば相当足りないようである。
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