異世界再認識

「ねぇ、テンシュ」


「んぁ?」


「まだ大丈夫なんだけど、でも生活費がそろそろね」


「……あぁ……うん」


『法具店アマミ』が移転してから五か月ほど経つ。

 来訪者はニィナと、彼女が紹介した彼女の客数名。



 儲けはほとんどない。今まで受けた依頼も、送り先を聞いている客の分から取り掛かり、出来次第発送するが発送元を記入しないため誰も支払いには来ない。

 記入すればこの場所が知られる。常連客達から糾弾されるのは間違いない。


「んなこと言われたってしょうがねぇだろ。聞いてる時間があったら仕事する時間にまわしてぇよ」


 そんな店主の言い分も一理ある。

 受けた依頼は前払いの料金を受けてはいない。だからといってその依頼を放置するわけにはいかない。


「テンシュってば、変なところで几帳面だもん」


「仕事に誇りを持ってるだけさ」


 しかし巨塊の体の一部が変化して宝石になったその質は高く、同質かそれに近い価値のある素材は手に入りづらくなった。

 現地での掘削作業がどんどん進み、良質の宝石の産出量自体減ってきている。


「今までが質のいい物を作りすぎただけの事だろうがな」


 この言葉は、ひねくれた性格の者が聞けば強がりとも思えなくはない。

 しかしない物ねだりをしても仕事は進まない。手に入る素材が目の前に並ぶ現実を受け止めるしかない。

 自ずと店主にはそんな解釈が生まれてくる。


「斡旋所に行こうと思ってるんだけど……って、なに子供向けの番組見てるのよ」


 放映機の方を向いている店主に、セレナは相談を持ち掛ける。

 店主は放映機から目を離さない。


「……行くんならここじゃだめだぞ。冒険者の間じゃまだお前有名人なんだろ?」


 荷物を発送する際にこの住所を無記名にする意味と、かつての常連客から居場所を探らせないようにして来た努力の意味がなくなってしまう。


「隣町よりもうちょっと離れた地域の斡旋所で仕事を受けるのがいいかもな」


 冒険者は大概拠点を置く地域の斡旋所で仕事を受ける。

 しかし田舎に拠点を置く冒険者はあまりいない。

 方々からの情報を入手しやすい首都などの大都会に拠点を置き、現場になる事が多い田舎の方に仮住まいを設けることが多い。仮住まいの事も拠点や本拠地と呼ばれることも多く、そこから離れて仕事を探すとなると二度手間にも三度手間にもなってしまう。


 それを逆手に取り、店主はミラージャーナから離れた地域で冒険者の活動をすることをセレナに提案した。

 そうすることで、この場所を安易に見つけられないようにできる。


「二、三日留守になっちゃうかもしれないけど、いいの?」


 斡旋所に出掛けようとするセレナの姿は、どんな依頼でも請け負える全身防具で固めた戦士の姿。

 それでも一応店主に念を押す。


「客は来ないだろ。来ないうちに店内に展示する品物作り進めとくさ。繁盛し始めたら品薄になっちまうしな。それより俺の方が心配だよ」


「どうして?」


「抱き枕と離れ離れになるんだぞ? 耐えられるのか?」


 セレナの今の姿とは全く似合わない抱き枕。

 いまだに彼女のベッドで横たわっている白い巨大な狐のような形。


「テンシュ……」


「とっとと依頼済ませて帰ってくりゃ問題ねえってこったな、いってらっしゃい?」


 仕事に出ようとするセレナの引き締めた気を砕きにかかった店主。

 応援しているのか足を引っ張っているのか分からないところだが、本人はお茶目なつもりでいるらしい。


「まったくもぉ。じゃ、行ってくるわね。火事と戸締りは注意してよ?」


 店を出ようとしたセレナは、そこでニィナとすれ違う。


「あれ、ずいぶんカッコいい姿じゃないか。あぁ、冒険者もやってたんだっけか。気を付けてね」


「うん、行ってきます。しばらくテンシュが留守番するから、寂しがらない程度に遊びに来てね」


「いいからとっとと行って来い! 今日は何か用か?」


 セレナの後姿を見送った後、『法具店アマミ』の中に入るニィナ。


「うん、あのさ。……前々から、っていうか、引っ越しの手伝いの時から気になってたんだけどさ」


「ん? 随分遡る話だな。どうした?」


「あの白くてでかい、ふわふわな奴……。あれ、どこで売ってるのか聞きたくて」


「ニィナ……お前もか」


 抱き枕の相談に来たようだった。

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