引っ越しまでの…… 決意の朝
朝六時。
穏やかな朝日がカーテンを抜けて寝室に差し込む。
昨夜の話で気持ちが晴れたのか、セレナは爽やかに感じる日差し。
「お早う、テンシュ……って、相変わらず早いのね。もう着替えてた」
昨晩、東雲たちから感謝の一部として夕食代を受け取っていた店主。洗顔を済ませた後、お釣りの範囲内と思われる金額分でコンビニでの朝食の買い物も終わらせていた。
「顔さっさと洗って来い。飯にすんぞ」
セレナは言われるがままに身なりを整える。
「ねぇテンシュ。昨日一つ言い忘れてた」
うんざりした顔の店主は、遠慮なくその顔をセレナに見せつける。
「朝っぱらから重たい話は勘弁してほしいわ。せいぜいお前の体重くらいにしとけ」
「まぁたそういうことを言うっ。そんなに重くない話。あのね」
テーブルに向き合うように座るセレナは、店主と真正面に向くように座り直した。
「テンシュってばいつも無愛想だし訳の分からないことも言うけど、私も、馴染みのお客さん達もみんなテンシュがいてくれて喜んでるの。私もテンシュみたいに、みんなから喜ばれるようになりたい。ただ喜ばれるのなんて簡単だよ? 優しい言葉かけたり労わってあげたりすればいいんだもん。でもテンシュはそうじゃないよね。でもみんなから慕われてるんだよ。シエラは弟子入り望んでたけど、私もテンシュみたいになりたいけど職人の方じゃなくて、そんな人になりたい」
セレナの告白を聞いているのかいないのか、コンビニで買ってきた朝食をテーブルの上に並べている。
「だから、不束者ですが、弟子入りしますっ。よろしくお願いしますっ」
頭を下げるセレナをじーっと見つめる店主。
何か言葉をかけてくれるかと、セレナはそのままでいる。
「あのさ」
店主の言葉を聞いてセレナは顔を上げる。
「不束者って言葉はさ、たしかに至らない者って意味があるけどさ、女性が男性の嫁入り時とかにも使ったりするんだよな。要するに結婚ってことだ。弟子入り許可するかどうかは別として、こういう時は普通にお願いしますだけでいいと思うんだがな。何、俺と結婚するつもりでいるの? 俺は遠慮しとくわ。すごく面倒くせぇ」
顔だけにとどまらず、耳の先まで赤くなっていくセレナ。
「な……け……めんど……あぁっ! もうっ!」
首を横に振り、両手で顔を隠す。
店主から見たら彼女の独り相撲に見えなくもなく、店主はそんなセレナを見て彼女が何をしたいのか理解不能。ゆえに普通に無反応で無表情。
そしてただ一言で話を終わらせる。
「飯、食っちまえー」
───────────────
リフォーム業者が開店時間に合わせてやって来た。
東雲と九条が対応し、二階で店主とセレナが待機。
それぞれ指示を出し、扉の挿げ替え作業は昼前に終わる。
「店のみんなも会いたがってましたよ。時々遊びに来てくださいよ。毎日来られるとちょっと困りますがね」
東雲が珍しく冗談を飛ばす。
九条も物腰が柔らかくなってきているようだ。
「うん、ありがとう。ちょっと作業場の方で後片付けあるから、帰る時には声はかけないでおくから」
二人は少し怪訝そうな顔をする。
「確かに社長はお辞めになられましたが、だからと言って急に他人行儀になる事はないんですよ? 困ったことがあったら出来る限り力になりますから、ね?」
「うん、その時は遠慮なく顔を出させてもらおう。でも、見送りされるほど他人ってわけではないとも思ってるからさ」
店主にしては苦し紛れの言い訳だが、二人はそれで納得した様子。
東雲と九条は二階から店舗の方に下りていく。
「有り難いじゃない、テンシュ。いい仕事仲間だね」
「あぁ。先代から世話になってる人もいる。……それにしても、セレナからそんなアイデアが出るとは思わなかったな。ここに来たのは思い出に浸るためじゃない。異世界向きの体になっちまったようだから、向こうで生活するための出発を決めるためだ。仕事はまだ続くぜ?」
セレナは力強く頷いて、『天美法具店』の玄関から店主の元住まいの一室である作業場の入り口に移った異世界行の扉を使い、二人はセレナの世界に戻って行った。
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