再会・玉座の間にて 4

 ウルヴェスが店主からの助言を受け、碁盤の目の剥ぎ取りにかかる。

 最後の一人、テンシュから見て一番遠くに並んでいるアムベスと呼ばれた人物の前に移動したウルヴェス。


 店主は、その人物の前に置かれた碁盤は盗まれた物だと確信している。

 盗まれる前と同じ形をしていた。加工は全くされていないようだ。

 ウルヴェスが碁盤の目を抓んで引っ張ると、すべて剥がれた。


「……げ、猊下。確かに品質が下がる物をお持ちしたことをお詫び申し上げますっ。しかしあの下賤な輩が持ってきた品はま……」


 そこまで言ったアムベスは呆気に取られている。

 アムベスばかりではなく、他の四人もセレナもシエラも、そして衛兵や案内係の者も口をあんぐりと開けている。


 店主がウルヴェスの前で、碁盤を持って待ち構えていた。


「私のはまだ試してなかったですね。どうぞ」


「潔い態度は嫌いではない」


 満足気に笑いながらウルヴェスは碁盤の目を抓み引っ張り上げるが、指先、爪がつるんと滑る。

 二度、三度繰り返すが抓むことすらできない。


「……無理だな、これは。あぁ、お前達にも試してもらいたいがそれは許されん。お前達なら壊す目的で触りかねないからな。ここで壊されたらあと二か月後の国主杯には間に合わん。死罪だけでは済まされんぞ。一族郎党、この世界から痕跡をすべて消す。いや、それでも足りんかもしれん」


「そ、そのような物、誰が信用できるか!」


 アムベスの絶叫である。


「そもそもこの闘石はこの国、世界の文化の一つ! 異世界の者が持ち込んだ文化を混ぜたら、正しく伝わってきた物が歪められてしまう! この国が乗っ取られる足掛かりになるかもしれんのだぞ! 大体碁盤だの囲碁盤だの、訳の分からん言葉を持ち出して、こ奴は世界征服など企んでおるやもしれんのだ! 衛兵! 貴様ら何をボーっと突っ立っておる! 身柄を拘束せんか!」


 その絶叫が一通り終わる。衛兵は互いに見合うが誰一人として動こうとはしない。


 恐る恐る手を挙げる者がいる。

 想像を絶するとてつもない力の持ち主達を前に手を挙げることも至難の業。


「ほう? その者は何という? 名乗られよ」


 ウルヴェスから発言を許されるが、その声はかなり震えている。


「シ……シエラ……ドレイク……です」


「シエラよ、何か言うことでもあるのか? 申してみよ」


「は、はい……あの、その……囲碁盤って……なんですか?」


 シエラのか細い質問に力は感じられない。

 その力のない質問に、今度はアムベスの体が強張る。


「……ふむ。……その言葉は、どこで知った?」


 ウルヴェスは抑揚のない発音でアムベスに問う。


「か、風の噂で……。それより猊下! 猊下こそ、『碁盤』とは何のことかご説明いただきたい」


「おぉ、そう言えばこの者が何気なく『碁盤』と連呼していたから釣られてしもうたわ。あっはっはは。闘石盤、あるいは石盤だったな。普通の顔してそういうものだから盤の丁寧な表現かと思うたわ。で、そこの少女の質問を改めてしようか。『囲碁盤』とは何ぞ?」


「畏れながら申し上げます」


 店主の発言である。

 発言を許された店主。


「『碁盤』は普通に口にしたり耳にしたりします。しかし私は『囲碁盤』と言う言葉は、生まれて一回も口にしたことはありません」


「な、貴様、何度か『囲碁』と言う言葉を」


「してませんよ? えぇ、してませんとも。言ったとしても、店のスタッフ、この二人限定ですがこれでも私は宝石職人であって遊戯や競技の道具職人ではありません。これを中心に生活しているわけではありませんので彼女達も、これ以上にいろいろ覚えなきゃならないことはたくさんあります。それでもその言葉をそちらが覚えているのだとしたら、何の目的でその言葉を覚えられたかが疑問になるのですが……」


「アムベスよ!」


 いきなりの大声を出すウルヴェス。

 店主も、他の全員も気が引き締まる思いを生じさせる、威厳のある響きの声。


「その話題はここまでとする。国主杯の賞品は、この者が献上した物とする。ここに至るまでに起きた問題においても、ここまでとするが、よいな?」


「私は、献上品の質の低下を案じております。私の品が選ばれることでこれよりも質が下の物は選ばれない。私の物より上質の物が選ばれればそれに越したことはありません。私の申し上げたいことは、ただそれだけでございます」


 ウルヴェスから間近で声をかけられ、その威厳に条件反射的に頭を下げながらもいくらかは心に余裕がある。やや芝居かかった言葉遣いで応える店主。


 盗難の被害に遭った店主には、店主自身や店自体に被害はなかったことと、ウルヴェスにはそんな出来事があったのは初耳のようだったが、盗品と思われるものはウルヴェスと店主の前に現れたこと。店主には犯人を突き止める意思もないことで事実上の手打ちとなった。

 アムベスをはじめとするこの場にいた何人かは店主を目の敵のような思いを持つが、痛くもない腹を探られるどころか藪を突いて蛇を出す事態になりかねない状況に追い詰められた。

 店主に対し危害を加えようとする代わりに、命どころか生息の痕跡まで消されてしまう宣告をされたようなもの。ただし大人しくしていれば高貴な立場を維持したまま平穏な毎日を保障された身となったのである。

 どちらが喜ばしい結果となるかは、もはや火を見るより明らか。


「選考から外れた五名はそれぞれ提出した物を引き取り下がってよし」


 店主に目もくれずウルヴェスの指示に素直に従い、玉座の間から退室する五人。


 扉が閉まり静かになったところで、今度は衛兵にも下がるように命じる。

 滅多にない指示ではあるが、衛兵達も下がり、玉座の間のこれまでの目まぐるしく変わった雰囲気もようやく落ち着く。

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