碁盤と碁石 作る間に 3

 セレナからの助言もあり、線引きの作業を完了させる予定を急きょ碁石作りの続きに変更。


 くり抜くだけくり抜く作業。

 出来れば三組分すべて終了してから形を整える作業に入りたい。その方が時間の節約になる事は間違いないが、計画を見誤れば碁盤だけ出来て碁石が一個も出来ていない事態になる。

 まずは濃い色の石を百八十一。薄い色を百八十。碁石の原型をくり抜いて一区切りとする。

 しかし粘土遊びやクッキーづくりの型抜きのように、次から次へと作業が進むことはない。

 何しろ硬い。

 失敗は許されるが失敗してはならない作業のあとは、失敗は許されても時間のロスは許されない作業。

 シエラから見つめられ続けながらも一切気にすることなく、店主はそれを閉店時間まで続けた。


「シエラちゃんは夜はどうするの?」


「晩ご飯は外食して、泊まりは宿屋で手配してもらってます」


「手配してもらってるってことは、ひょっとして一人で泊まるの?」


 驚くセレナに、何の不思議もなく頷くシエラ。

 物理的な力なら種族的には上位に入るラキュアという名前の種族。人型だが腕が四本あるという特徴を持つ。

 それでも若い女性が一人きりで宿泊するということが、セレナにはちょっと不安に感じたようだ。


「まぁ俺は昔のことは知らんし推測でしか言えねぇが、ウルヴェスが法王になる前はおそらく治安は悪かったんだろ。それが巨塊騒動までこうして収まったんだ。ある程度の治安は守られてんじゃねぇの? そこまで心配するこたぁねぇだろうよ」


 今日の分の作業を終わりにした店主は、全身のストレッチをしながら会話に混ざる。

 シエラはセレナが質問する理由をようやく理解した。


「心配し過ぎですよ。それに防具もそれなりに着けてますし武器もありますし。自分の身は自分で守れます」


「この店まで守れると、バイト代も出るかも分からんぜ? あの五人のうちの双子姉妹はそこまでは出来なかった」


「え? 双子姉妹って、ミールさんとウィーナさんですよね? ここでバイトしてたんですか?!」


「店番だけな。他の店で相手にしてもらえねぇぐれぇだから、実力は推して知るべし。用心棒はさせられなかったな……って、なんて顔してんだお前。誰だって最初はひよっこだろうが」


 店主も顔を歪ませるほど驚いているシエラ。法王をジジィ呼ばわりの次は『風刃隊』をひよっ子呼ばわりする店主の正気を相当疑っている。


「……あいつら、めんどくさそうな奴置き去りにしやがって……。こいつと話すの面倒くせ。セレナ、適当にあいてしてやれや。俺、風呂」


 プイとシエラに背を向けて二階に上がる。

 カウンターから店主の姿が見えなくなってから、セレナはシエラに気を遣う。


「やっぱ、考え直した方がいいんじゃない? 他の店の人は間違いなくもっと親切だよ?」


「いえ、『風刃隊』もあの人からひよっ子って呼ばれて、それでもあんな風に強くなったんですよね?」


 同じルートをたどれば、誰でも同じ結果にたどり着くわけではない。


 彼らと自分が違うところと言えば、彼らはあんな店主に縋るほど追いつめられた生活をしていたのだ。

 ならばほかの選択肢を断ち志を貫けば、自分も彼らのレベルに近づくことは出来るはず。

 そして店主の言動は昔と変わっていないはず。ならば目的のためにすることはただ一つ。


「いえ! また明日来ます! お世話になります!」


 姉達の話によれば、『風刃隊』は今でも店主に頭が上がらないと言う。

 改める必要があるのは店主ではなく自分の店主への疑念。


 セレナに深くお辞儀をした後、まるで明日までの時間を飛び越えるように勢いよく店を飛び出すシエラ。


「若さっていいわねぇ……」

 その後ろ姿を見て呟くエルフはまだ青年とは呼ばれるが、三百に届く年齢である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る