作るのは碁盤と碁石 6
セレナの昼食が終わり再び店番に入るとスリングは買い物の続きを始める。
話題の賑やかさも落ち着き、碁石作りに集中し始める。
宝石の塊をスライスする。その厚さが碁石の厚さになる。
碁石の直径となる円でくり抜いたあと、中心に膨らみを持たせるように、且つ縁に丸みを持たせながら上下方向から均等に削っていく。
気楽に作業をしている現段階は、スライスとくり抜き。どう頑張っても失敗することは有り得ない。
しかしくり抜く作業には時間はかかる。成否との勝負は目に見えて明らかだが、時間との戦いは油断ならない。
店主は作業中に声をかけてもいいと言っていたが、『クロムハード』が帰った後は、やはりそんな雰囲気にはならなくなる。
ただ作ればいいという物でもない。素材も時間も無駄もなるべく省きたい。
単位が分と厘で表す石の寸法。しかしその定規がない。ミリ単位もメモリが細かい。視力が落ちているわけではないし日本の文化を持ち込む必要もない。厚さは九ミリで直径二センチ。扱いにくければ削り落としてサイズを落とせばいい。まずは同じ大きさと形を揃えることが第一。
店主は優先事項を決め、黄緑の濃い色を五百四十個。その薄い色に、薄い水色がやや混ざったような色を五百四十三個用意するため、その厚さの宝石の板を次々と作り出す。
一枚から四十個をくり抜ける寸法の板で十六枚ずつ。
ただの板ではない。この世界にしか存在しない宝石板である。
「単純作業っぽいけど、数が多いから大変よね……。って、これ皇居の秘宝庫にあったやつだから、それをあっさりと加工するんだから店主の度胸も大したもんよね」
「んぁあ? そのままじゃ価値がねぇから、もっと高めてやろうっていう仕事じゃねぇか。寝ぼけんな」
店主からの文句にセレナはそう言われればとも思うが、やはり畏れ多い気持ちが強い。
しかし店主は一々躊躇ってはいられない。
宝石の切断作業は、普通の石よりも硬度があるため時間もかかる。
「ねぇテンシュ、まさか今日も徹夜するの?」
宝石板を作る作業が終わると同時に閉店時間を迎える。
店主を見るたびに心配そうな顔つきになるセレナ。
「今日はちゃんと飯食ったろ? できれば期限前に納品したいしな。何よりくり抜く単純作業だけだ。これくらいは朝飯前だ。……徹夜の作業ならまさしく朝飯の前の仕事だよな」
自分に向けられた心配をそう受け止めていないような店主に溜息しか出ないセレナ。
店主のいくらかはやつれていそうな顔は、自分で気づいていないのだろうかとも思う。
店主も作業の一区切りがつき、夕食時でもあり二人で二階に上がる。
「彫刻の方がやっかいだと思ったんだがなぁ」
夕食の準備をしているセレナの背後で、椅子に座り『闘石』について調べながら店主は口を開く。
「千個以上の碁石を手作業で作る。なかなか手強いじゃないか。一日二十個仕上げられれば安心できるかな?」
「二か月くらいかかるわね。でも一気に千個以上作るの? 一セットずつ作っていく方が無難じゃない? 納品って言うのか献上って言うのか分からないけど、テンシュだって失敗するかもしれないってこと考えながら作ってるわけじゃないでしょ?」
店主は目を通していたこの世界の百科事典を、パタンと音を立てて閉じる。
作り方の工程を考え直していたらしく、セレナの言うことも取り入れてその先を考えている。
「確かに三つ、未完成のまま期限が迫るのは信頼に関わる。しかし一つ作ったから出来ましたってんじゃ、その出来栄えが果たしてこの上ない品質なのかどうかも疑わしい」
「何でそんなに極端に考えるのよ。だったら碁石は二組分作ったらいいでしょう? 碁盤の足完成させたのも二つあるんだし。残りの期間を見て三組目の製作に取り掛かったらいいじゃない。碁盤の原型は一つ余るし宝石板も余るけど、賞品が出来るまでの工程がこれです、って皇居のどこかに展示してもらったらなお光栄なことじゃない」
言われてみればとセレナの話に食いつく。
「意外とテンシュって、頭固いよね。巨塊退治の時はかなり冴えてたけど」
「仕事のことになると視野が狭まるっぽいな。ま、それはそれとして……そうなると日程変更だな」
晩ご飯の盛り付けが終わり、テーブルに運ばれる。
「また無理するんじゃないでしょうね?」
「無理は承知の上だろう。あのジジィもそれだけ気を吐いてんだ。応えなきゃな」
茶碗と箸を手にしながらも店主の言葉は止まらない。
「今日は飯食ったら風呂に入ってすぐ休む。明日からは盤の線引きに取り掛かる。いくら集中力が高くても、万が一寝不足でふらついて線引きをミスしたらそこで振出しに戻るって羽目になる」
「分かってる。誰にも邪魔させないから、安心していいよ」
店主よりも太い力こぶを見せるセレナ。
以前にも感じたことを、店主は再度考える。
エルフが華奢などと誰が決めたのだろうか。
向こうの世界に戻る機会があるなら、声を大にして伝える必要があるだろう。
プロレスリングにだって平気な顔をして上がりそうな奴もいると。
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