法王のジジィが日本文化の道具作製を依頼した先は宝石職人 5
放映機。
何のことかと店主が首をかしげる。
「ほれ、そいつのことじゃよ。どれどれ……」
ウルヴェスが足腰に力を入れながら立ち上がり、部屋の隅にあるテレビのようなもののスイッチを入れる。
「なんだ、テレビのことか。まぁテレビに日本の文化ってわけじゃねぇからそんなに驚きゃしねぇが、考えることはおんなじなんだな」
こんな物があればいい。こういう物が欲しい。
そんな欲や希望は世界が違えど、感じる内容は一緒らしい。
「ほほ、タイミングがいいのう。名人位の防衛戦やっとるの。この分じゃもうじき終わりそうじゃな」
「……碁じゃん、モロ。つーか、考えてみりゃ店にも二階にもなかったな」
店での仕事するか兼業の冒険者としての仕事をしていれば、テレビを置いても見る暇はないから買うのを見送ってきたということらしい。
しばらく画面にくぎ付けの三人。
しかし店主の頭の中は画面に集中していない。
依頼を達成するための計算をしていた。
期限が伸びれば確実に達成できる。しかし開催されるイベントの賞品となれば、目の前にいる主催者からの依頼の期限を変えてもらう訳にもいかない。何せ半年と言う第一希望を一年に延ばす、と気を遣われて譲歩されたのだ。
ひょっとしたら、最初に出会った頃のセレナのように、自分のことを上手く利用しようとしているのかもしれない。
だが、巨塊を鎮めた決め手となったきっかけとなったのは店主である。そのアフターケアも必要とあれば、ウルヴェスからの依頼も店主の仕事になる。
それにウルヴェスは自らも、次期国王の踏み台になるとまで言った。
我が身を犠牲にしてでも国や国民のために動くというならば、そんな人物からいいように使われるのも面白そうではないか。
突然変化する二人の様子。
セレナが急に軽くガッツポーズ。ウルヴェスは小さく何度も頷いた。
対局が終わったらしい。
「名人、防衛成功したね。挑戦者は上段位だったから、大賞の人は依然としてみんな一つずつ保有してるってことになるね」
「誰かが七冠取った方がおもしれーんじゃねーの?」
「そんなのつまんないよ。その人がんばれって思う人達とアンチの両極端しか見なくなりそうだもん」
『ウイィラー名人が防衛成功となりました。感想をお願いします』
画面の中でインタビュアーが名人と思しき者にマイクを向けている。
「まぁ俺も向こうじゃあんまりテレビ見なかったけどよ、情報収集には必要だと思うぜ? こういうの。兼業でも冒険者稼業を手掛けたら見てるヒマはなさそうって理屈もわかるけどよ」
「でもテンシュだってどうでもいいとか言ってたじゃない。だから買っても意味ないって思ったし」
セレナからそう言われれば否定はできない。
『……の予選からの参戦表明してからの、名人位の防衛はスケジュール的に大変だったのではないですか?』
『大賞の二つ目は、国民の誰もが注目する国主杯ですから、こればかりは予定から外すわけにはいきません』
画面の中で名人が答えた言葉に、店主は思わず顔を向ける。
『称号保持者全員が参戦します。年末に行われる《総人位》戦には誰もが参加できますが、八か月後ですか、に行われますこの大賞戦には防衛戦そのものがありませんので全員予選から参戦ということに……』
「……ジジィ……」
「……なんじゃ?」
「あんた……なんつーこと依頼してきたんだよ……」
「なんつーこと、とは?」
国民の誰もが注目するタイトル。
ウルヴェスが持ちかけた依頼は、その賞品の製作の依頼ということだ。
店主はウルヴェスの顔を見る。
その顔は、嘲笑ったり、苦笑いのような顔ではなく、悲壮感が漂う顔でもなく、ただごく普通の表情をしている。
「……条件がある。それを飲んでもらう」
「ほう? どんなんじゃ?」
「いつでも皇居にいるっつったよな? なら俺がそっちに出向いた時は問答無用で皇居の中を通せ。そして即座に面会しろ。俺はそっちには冷やかしに行く暇はねぇし観光旅行する気もねぇ。あんたに会わなきゃならねぇ用事があるから出向くんだ。押し問答一つされたくはねぇ。んなもん時間の無駄だ」
「……それだけかの?」
「あとで他にもいろいろ希望は出ると思うが、今はそれだけだ」
「……よろしく、頼む」
セレナは驚き慌てふためく。
ウルヴェスが真剣な眼差しで店主に頭を下げたのだ。
「大船に乗せる気はねぇ。何かと切羽詰まってるっぽいからな。だがあんたの必死さは俺の必死さでもある。セレナ、車呼べ。巨塊討伐のトンネルに急ぐぞ。ジジィ、この部屋の手続き、あんたに任す。ジジィ支払いでな」
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