休店直下 4

「なぁに人気どりしてんだよぉ。とっとと家に帰れっつってんだろうがよお!」


「いい加減にしやがれ! ギスモ! 誰もオメェのことなんざ店主扱いしてねぇし信頼もしてねぇよ!」


「ヘナチョコな魔力なしのエルフが何ほざいてもそれこそ誰も聞く耳持たねぇよ。この店は俺とセレナのもんだからな」


 ギースは店主に近寄らせまいと店主の前に立ちはだかる。しかしその後ろから店主が声をかける。


「おい、そこの背の高いの。お前、邪魔だ。そいつが見えねぇ。それといい加減離れろよお前ら」


「え? いや、だってこいつ……。つか、名前覚えろよ……」

 身を挺して店主を守っているギースは思いもかけない店主の言葉に立場を失う。


 ウィーナとミールが静かに店主から離れる。ギースもその場からゆっくりと身を引くと、店主はギスモと睨み合う形になる。店主の額の汗は流れ落ちるが拭いもしない。


 ワイアットが周りの者達から、尻餅をつきながらギスモを睨む男の事を問われ説明している。

 店主の事を知る者はほぼいないが、その説明を聞いた者達はギスモよりは頼りになりそうな印象を持つ。

 店主はしばらくギスモを睨むが、身を引いたギースにそのまま視線を移す。


「な、何だよ。俺、何か悪いことしたか? あ、他のショーケースも動かせってことか? 分かったよ」


 ギースの行動に釣られてワイアットとミュールもその作業を続ける。ショーケースの近くにいた者達はその二人の行動に反応し手助けをする。

 周囲の者達が店主の意向通りに動くものだから、ギスモはそれが不快でならない。

 その二人の間に、今度はウィーナとミールが間に入る。


「ちょっと、いい加減にしなよ!」

「あんたがいない方がみんな落ち着いて行動起こせるのが分からないの?!」


「ハン! 故郷で居所失って追い出された双子はここでも用はねぇんだよ! テメェらもとっとと失せろ!」


 ギスモの傍若無人な言葉には誰も耳を貸さないが、二人はその言葉に顔を歪ませる。

 店主は今度はワイアットとミュールを睨んでいる。ウィーナはギスモから視線を外しそんな店主の様子を見るが、こちらはこちらで何を考えているか理解できない。

 六つのショーケースがすべて壁際に寄せられると、いくらかフロアの広さに余裕が生まれる。

 見通しも幾分か良くなったためか、店主に駆け寄る者が一人、また一人と増えていく。


「テンシュさん! 今まで何やってたのよ! それよりセレナが!」


 急に狭い店内を走り出して悲壮感を漂わせながら店主に近寄ったキューリアを追い、ブレイドも店主の存在に気付く。


「あぁ。分かってるよ、ギース」

「ギースは俺だってば……。その人はキューリアさんとブレイドさんだろ……」


 『クロムハード』のチームのメンバーも店主がいつの間にかいたことに驚く。


 痛みを堪えながらゆっくりと立ち上がる店主は、ブレイドから差し出された椅子に腰かける。


「勝手に椅子使ってんじゃねぇよ! どいつもこいつも人の言うこと聞かねぇ奴らだなぁオイ!」


「誰もお前を店主なんて認めてねぇんだよ!」


「大体の予想はつく。現場から引き離してここに連れてくりゃ万事解決なはずだ」

 ギスモの難癖、そのギスモとの口論とは全く関係なく、店主はこの騒乱の鎮め方を口にした。


 ギスモは、自分のことをまるでいないかのように扱っている店主に向かって拳の一撃を追加しようと近づくが、店主の前に三、四人どころじゃない大勢が囲うように集まっている。これでは自慢の素早さをもってしても近づくこともできない。


「けどウィリックもそうだったよね」


 キューリアがセレナの身を案じる。

 しかし今回は行方不明にならず、他の調査員と共にそこにいる。一旦行方不明となり、発見時は意識不明のウィリックよりは事態は深刻にはなっていないはず。


「急げば間に合うって感じじゃねぇか? 売られていなきゃ倉庫に道具も揃っているはず」

「開けたり中見せたりするわきゃねぇだろうがバァカ! なんで店主の俺を蔑ろにする連中に見せなきゃなんねぇんだよ!」

 店主を中心とした人の輪の外にいるギスモが大声で喚く。


 新たに鍵を取り付け、彼ではないと開けられない仕組みにしたらしい。

 だが店主はいつもの涼しげな顔で聞き流す。


「なら……二時間以内で救出作業を完了させるしかねぇな。取り組むメンバーはまず俺」


 店主の世界の時間が経過する店外に、自身がなるべく出ないようにしている店主自らが真っ先に出ると言う。その事実を知っている『風刃隊』と『ホットライン』のメンバーは驚く。


「テンシュさん……店から出ちゃまずいって話じゃなかったの?」


 その言葉にイライラする表情を隠さない店主。

 ワイアットの独断で連れて来られたとはいえ、店主に来てもらうことを望んでいたのは、彼のことを知っている者達全員からである。

 セレナの救出のために手段を選ぼうとしない者達が、店主の身を案じる矛盾に当の本人が腹を立てている。

 だがいくらかは時間の余裕はあるとは思われるが、そのことに構っているヒマまではない。


「道具を使えないんじゃ、一人でも頭数増やさねえと助けらんねぇって話だよ。それと……」


「流石にそう言われて黙ってられねぇよ。こっちの世界の者達が尽力しないで、別世界の人間が体を張るってどう考えたって筋がおかしい」


 ブレイドが店主を遮る。


「だったら俺に来てもらいたいって声を抑えとけよアホウが。……それに恐らく、お前らが出ると被害がでかくなる。俺の考える人選だと二次被害はゼロで済む。お前らはどうしたいんだ? 自分の命を犠牲にしてまで被害者を救うってんなら考え直すが、お前らが救出に向かうとセレナ達を助けられない上に被害広がることになるぞ」


 店主には誰も状況を説明していない。それでも結果を言い切る店主。


「因みに他には誰を選ぶんです?」

「ワイアット、ギース、ミュール、それとそこで粋がっている小男だ」

 ライヤーからの質問に店主が答えると、店内が静まり返る。


 よりにもよって、冒険者になってまだ間もないと言っていい弱小チーム。そして口先だけの店主面をしている男。この四人だけである。


「な……なんで俺らが選ばれるわけ? 俺より大先輩で雲の上の存在ってたくさんいるっしょ!」

「テ……テンシュ。あんたにゃ分からんだろうが、依頼受注中以外の上位二十のチームみんなここにいるんだぜ? その下の四十チームのいくつかもいるし、外にもいるんだぜ? そんな人達を差し置いて俺らが選ばれるって……納得できる理由、あるんだろうな?」

「自分達がいなくなっても差し障りはないって言う理由なら笑えるんですが……笑いをとるタイミングじゃありませんからね?」


 誰よりも先に『風刃隊』の男性陣から一斉に抗議を受ける店主。小男と呼ばれたギスモは口をあんぐりと空けている。

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