客じゃない客の置き土産 バイトの双子姉妹にお疲れさま

「今日でひとまずバイトの区切りだな。まぁお疲れとは言っとくか」

「「はいっ! ありがとうございますっ」」


 双子姉妹のバイトの最後の日の夕食は、二階でささやかな夕食会。

 とは言っても、普段よりも心なしか豪勢な料理にちょっと多めのデザートがつく。


 仏頂面だが労をねぎらう店主の言葉を、満面の笑みで素直に受け入れる双子。


「初日から大変だったけど、いい経験になりました!」

「でもそれと鎖の作業以外の接客はほとんどしなかったよねぇ。大丈夫かな、この店」


「失礼なこと言うわね、この子も。誰かさんがうつったんじゃない?」

「お前も『誰かさん』などと、名前と顔を忘れるとな。人のこと言えねぇな、誰かさんよ」


 普段ならグダグダな中身の会話も、この場では笑いの元になる。

 しかし店主だけは笑わないのは、流石としか言いようがない。


「そ言えばセレナさん、何度かセレナさんに用事がある人が来てましたよ? 今の店になる前からの常連とか言ってました」


「そうそう、黒い体毛の小さい人……ホビット族って言うんでしたっけ? なんか妙に馴れ馴れしい感じだったな」


 双子の報告を聞いて、セレナの顔つきがいくらか厳しくなった。

 その変化を目で見ずとも、店主はそれを察知する。

 黙々と料理を口に運びながら、まるで目の前にある皿に語り掛けるような声で言う。


「前にも言ったよな? 前からの客にはお前から伝えとけって。お前が嫌がろうが相手から好かれようがこっちゃ知ったこっちゃねぇからよ」


「わ、わかってるわよ。でも買い物客なら控えがあるから分かるけど、ただ見に来ただけの客に何度も足を運ばれて常連ぶられても困るのよね」


「名前とか知ってるんですか? セレナさん」

「ギスモとか何とか言ってたかな。気にしなくていいよ」


 セレナは少しだけ陰を見せる。双子はそんなん彼女が気になってしょうがないが、彼女自身もよく知らない相手ならば聞きようもない。

 が、セレナはすぐ表情を変える。

「誰か来た見たい。閉店時間なのに誰だろ」


「あ、あたし行ってきます。お姉ちゃんは食べてていいよ。お腹ごなしに行ってきます」


「どうせデザート食うときゃ別腹になるくせに何言ってんだか」

 ミールはその店主に短くあかんべえをして様子を見に行った。


 店主は残ったウィーナにも声をかける。

「……ま、冒険者稼業がどうなるかは分かんねえが、行き詰ったらここに来な。そしたら俺も何の憂いもなくここから引退……」


「だからバイトが終わった日にそういうこと言わないのっ!」

「テンシュ、ホント相変わらずですねぇ。悪い人じゃないんだけどなぁ」


 ドタドタと足音を鳴らしながら二階に上がる。


「みんな来てくれた。上げていい?」

「みんな? ミールちゃんが言うみんなって……『風刃隊』のこと? え、ええ、いいわよ……」

「ってもう来ちゃってますけどね。えへ。こいつらの面倒見てもらって、お世話になりました」


 リーダーとしての責任感があるのか、ワイアットが真っ先に店主とセレナに頭を下げる。その後ろから二人が二階に上がって来る。


「あら、殊勝ね。こちらこそいろいろ助かったわ。また何かあったらお願いしようかな。あぁ、テーブルの周りじゃ狭くなるから、ちょっと離れたところに椅子自分で出して。料理は人数分ないけど、デザートのケーキならたくさんあるから食べてって」


 セレナは突然の訪問者の、双子のチームメイトも歓迎し、二階は一気に賑やかになる。

 双子からバイトの話を聞いて盛り上がる一同。特に店主を見る目が変わった時の反応が大きかった。

 が、意に介さずマイペースを守る店主は食事の手を休めない。


 その盛り上がりの中で、ワイアットがこっそりと店主の傍に近寄る。

「ちょっと相談なんですけどいいですか?」

 なるべく目立たないように振る舞う彼にも、店主は特に気にすることなくお腹も落ち着いてお茶を飲む。


「俺も店主の世界に行ったり来たりは出来ないかなって。もちろん目当ては店主のみだけど」


 ティーカップを口元で傾けたまま横目でワイアットを睨む店主。

 その視線をまともに受けながらもワイアットの話は続く。


「この店に未練がないってのは見てて分かるよ。けど、いろいろトラブルあっただろ? 店主いない間、ここが店主に不都合があったらさ、せめて伝言持ってくる手段が、あいつら含めたこの世界の住人に秘密で誰かいた方がいいんじゃないかって。体の構造も中身も多分店主と同じだし。人間以外の種族が出入りしたらまずいんでしょ?」


 その目は、店主の世界に興味があるような顔つきではなく、いたって真剣そのもの。

 ワイアットの話を聞いて、まるで彼の目を通して心の底まで覗き込むような目で店主は彼を見る。

 ワイアットはワイアットで、そう言った自分の思惑をすべてひけらかすように店主を見つめる。

 店主はしばらくワイアットを見た後そのまま目を閉じてしばらく動かない。ワイアットは何も言わず店主の動きを見守る。


「セレナ、ちょっと下に来てくれ。店の件だ」


 いきなり立ち上がった勢いのまま階段を下りる。

 いきなり呼ばれたセレナは、え? と驚くが慌てて店主について行く。


「なんだろ」

「さぁ。でもまぁ店の事なら俺らが口出しすることじゃないしな」


 しばらくして戻って来る二人。


「ごめんね。あ、みんなお茶お替りする? まだあるからねー……って、あ、料理あまりそうだから誰か食べる?」


 セレナが全員に残りそうな料理を振る舞う。

 そんなみんなに見られることなく、店主はワイアットの肩を叩き、事務的にオーケーとだけ伝えた。


「んじゃ俺は今日は帰る。セレナ、調査の仕事は今まで通りでな。鎖のベストは多く作って損はない」

 そう言うと、店主はセレナからの返事を待たず一階に下りる。


 双子の二回目のバイトの最後の日を店主は後にした

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