客じゃない客の置き土産 5
「お前ら、バイトはいつまで続ける? ここの従業員になるってんなら別にそれはそれで構わんがな」
店主が作業しながら誰かに声をかけるのは珍しいことで、カウンターにいる二人は驚いて店主の方を見る。
「え、えっととりあえず、こないだと同じく区切り付けやすい十日かな」
「斡旋所の闘技場の利用が何回かできるくらいには貯めないととは思ってるけど」
「無料じゃなかったんだっけか」
「依頼を頻繁に受けてる冒険者達は、無料で利用できる代わりに依頼の報酬からその分減ったりはするけど」
バイトの日数を確認した後の話を店主はふーんと聞き流し、作業を続ける。
「ところで店主は、今どんなの作ってるんです?」
ウィーナが覗き込む。
「あぁ、今は……客が来るんじゃねぇか?」
え? と入口の方を見るウィーナと、ミールの「いらっしゃいませ」がほぼ同時。
買い物客が一人。
来店客がいて店の者同士が雑談を続けるわけにはいかず、ウィーナはカウンターで待機。ミールは接客に向かう。
しかしミールと二言三言交わした後その客は退店し、また退屈な時間が流れる。
「……宝石以外の細工もすることあるんですね、テンシュ」
金属板の加工をしている店主に話しかけるが、今度は集中しているのかウィーナに無反応。
「お姉ちゃん、仕事熱心モードになってるよ。何というか……お客さん来ないと何もすることないよね……」
「うん。楽だけどさ……バイトにし来たんだよね。何も仕事しないとバイト料もらうのが心苦しいんだよね」
ミールは考え込む。バイトで仕事をするからバイト料を受け取れる。バイトの時間に職場にいるだけでバイト料を受け取るのも、姉の言う通り気持ちが落ち着かない。
「とは言っても昨日みたいなトラブルはもういらないけど……普通にお仕事させてもらいたいねぇ」
「……窓、外からの拭き掃除してなかったな」
「あ、あたししてくる」
「いやいや、ここはお姉ちゃんに任せなさい」
心苦しさから逃れようとささやかな姉妹争いが始まる。
その結果、ミールが掃除。ウィーナが店番。
ウィーナがつまらなそうにカウンターに肘をつく。
「今から天井掃除したら、埃がかかっちゃうよねぇ……。はぁ」
ウィーナがぼやく。
が、窓の掃除もそんなに時間がかかるわけでもない。
「他にすること、ないかなぁ」
「ミールは仕事したからいいでしょうが。……ホントにお客、来ないよねぇ」
「ウィーナ、お前さ……」
ウィーナは後ろから突然店主に呼ばれる。
仕事があるのか、自分の出番かと目が少し輝き出す。
「何? テンシュ」
「あっち向いてホイ、弱いな」
「ほっといてっ!」
そのまま無駄に時間が経ち、昼近くなる。
「お昼ご飯どうします? テンシュ」
「食材勝手に使っていいとはいつも言われてるけどな。俺の事はどうでもいいぞ」
「そういうわけにいかないでしょーよ、テンシュ。それにどうせ作るなら一人分増えても問題ないし」
「よし、じゃあ今度は私の出番ね。ミールは店番頼むねー」
「えー? あたしもー」
「ミールは毒見役な」
「テンシュ、それはひどいです」
────────────
昼休みの時間も終わり、午後の来客はゼロ。
夕方に店のドアが開く。
来客かと双子は喜んだが、入って来たのはセレナだった。
「ただいまー。今帰ったよー。今日は調査員さん達とお話し聞いてもらうから……こっちでいいかな。ウィーナちゃんとミールちゃん、お茶の用意手伝ってー」
それでも仕事を言いつけられたことで、調査員に椅子を出し、張り切って二階に上がる。
そして店主は
「帰れ」
仕事に集中モードだった。
「い、いや、帰れと言われましても」
「ご意見を聞きたくて伺ったんですが……洞窟の件です」
調査員に目をやると、仕事の邪魔をしてくれたと言わんばかりのため息。
それを見た調査員二人はいたたまれない。
「何困らせてんのよ、テンシュ。ごめんなさいね、これがいつものテンシュの態度。私にもこんな風に言ってくることがあるんで、あまり気にしなくていいんですよ」
タイミングよく下りて来たセレナが気遣う。
その後ろから双子がお茶とお茶菓子の用意をして下りて来た。
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