嵐の副産物 5

 店主とウィーナのやり取りが終わった後に、昼前の騒動の五人を担当の者に引き渡た調査員たちも昼休みを終え、セレナを迎えるため『法具店アマミ』に来た。


 セレナも午後の仕事に向かい、店内の空気も切り替わる。

 午後の来客は買い物客の三人。

 知り合い同士らしいノーム族の女性二人と店主の半分くらいの身長の、全身を黒い毛で覆われたホビット族の男性。

 双子は愛想よく応対する。客が店を出ると店主と三人きり。その時間が長い。

 退屈しのぎに店主に話しかけるが、作業に夢中の店主は無反応。何事も起きず、閉店時間の間際にセレナが帰って来る。


「お、今日も頑張ったね。ご苦労さま。じゃあ今日も晩ご飯食べてってね。テンシュはすぐおいで。でないと黙って帰っちゃうんだから、ほんとにもお」

 そういうと急ぎ足で二階に上がる。

「こっちの世界に来かねなさそうだな。お前ら、もう戸締りしていいわ。その後で軽く床掃除な。そしたら晩飯だ」

 やれやれと肩を回しながら二階に上がる。

 双子は指示通り戸締りをしてバケツに水を汲み、モップで床掃除を始める。

 フロアの形自体は単なる長方形。展示品にぶつからないように軽く拭き掃除を済ませ、晩ご飯の相伴になる。


「戸締り終わりましたー……って、あれ? テンシュは?」

「いないね。セレナさん、テンシュどこ?」


「あ、二人ともお疲れー。テンシュなら多分私のベッドの上かな?」

「「ベッドの上?!」」


 二人はきょろきょろ見回すが見当たらない。


「ベッドって……どこ?」


 きょろきょろ見回してもそれらしきものがない。


「カーテンで閉じてるかな。私の化粧台の階段側の方にカーテンで囲ってあるでしょ。そこ」


 二階には元々、風呂とトイレ以外に壁で仕切られている部屋はない。

 店主から指摘され、寝室ではなくベッドだけを囲うようにカーテンを取り付けた。


 住む世界が違う。種族も違う。だが異性である。

 その異性のベッドの上にいるというのはどういうことか。デリカシーのかけらもない行為ではないか。

 一言くらいは注意すべき とウィーナは勢いよくカーテンを開ける。


「テンシュ! 女性のベッドの上にいいいいいっっっ?!」

「どしたの? おねぇええええ?!」


 ウィーナとミールのこの反応は、セレナよりも大きいぬいぐるみを見たため。


「あ、ぬいぐるみね? 前に一回抱っこしたんじゃなかったっけ?」

 セレナの言う通り、ぬいぐるみを見たのはこれで二回目。しかしこの世界に存在しない物のせいか、見慣れていない二人は腰が抜けそうなほど驚く。

 だが見慣れて来ると指先で触ったり手のひらで撫でたりしてその感触を楽しんでいる。


「お姉ちゃん」

「何? ミール」


「……こーゆーの、欲しいな。ふかふかだよ、これ」

「きちんと生活費稼げるようになるまでの辛抱だよ。ってそれどころじゃないよ! 肝心のテンチョおおう! 上ってそこかぁ。てっきりベッドの中だと思ってた。テンシュ、終わりましたよー」


「あ、足元のはしごってそのためにあるのかぁ」


 ベッドに天井があり、店主はその天井の上で仰向けになって本を読んでいた。


「ん、もう飯できたのか? つーか、お前ら、下の掃除はどうした?」


 身動き一つせず、本から目を離さないまま返事をする店主。


「終わったのは掃除だよ。……晩ご飯の準備、手伝わないの? テンシュ」

「材料が違う。材質も違う。道具も違う。料理も違う。手伝ったって足手まといになるだけだっつーの」


 店主はミールからの文句にも返事をするだけで、ベッドの上から動こうとしない。

 キッチンからも声がかかる。


「いいのよ、二人とも。テンシュには食べてってもらうだけでいいんだから。で、お皿並べるのちょっと手伝ってくれない?」


 夕食がテーブルの上に次々と並べられていき、夕食の用意が整った。


「ところでセレナさんは、どんなお仕事してきたんです?」

「調査ってどんなこと?」

「聞きたい?」

「「聞きたいっ!」」

 双子の返事からワンテンポ遅れた店主の言葉は


「すごくどうでもいい」


 やっぱり普段と変わらなかった。


「聞きたいのは私達なんですっ」

「どうでもいいならご飯に夢中になっててくださいっ」

 イーだっ!

 ミールはそんな顔を店主に向ける。


「二人は巨塊討伐失敗の話は知ってるわよね?」

「犠牲者が出たとか何とかですよね?」

「まだ見つからない人がいるって話でしたよね」

「うん、私もその犠牲者っていうか行方不明者の一人で、無事に生還できたんだけど」

「そんな話聞いたような気がする」

「テンシュが連れて来てくれたとか」


「ほう、初耳だな」

 最後の一言は、どさくさに紛れた店主の言葉。


「「「テンシュ、そういうのはもういいから」」」


 巨塊の体の一部の謎の爆発によって行方不明者が出た。その者達は生死問わず発見されてきている。

 まず爆発とは何なのか、なぜ一度に行方不明者が発見されないのか。発見された者達の中には、市が間近とおもわれるほどの衰弱を見せる者もいる。

 それらの調査を、調査員自身に被害が及ばない箇所からの調査を行っているところで、セレナはその手伝いをしていた。

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