嵐、到来 2

 来客の二人はカウンターから声をかけられて、この店に人間の男もいることに初めて気付いた。


「な、なんだよ、人間がいるじゃねぇか。なんでこんなトカゲを店員にして立たせてんだ。店としてどうなんだ? あぁ?」


「……おい、こいつら、何なんだ?」


 セレナや常連客にとって常に非常識っぽい言動をする店主は、このような非常事態には非常に心強い。

 双子はいつもの調子の店主に安心する。


「い、いきなり言いがかりを……」


 双子は店主の質問に答えようとしたが、その内容が気に食わなかったようだ。


「俺は、こいつらは何なんだ、と聞いたんだがな。何をしたんだ? とは聞いてねぇ。客は別に何しようと構わんが、大人しく店の中見てれば済む話だろうが。おい、お前ら本当に客か? だったらこいつらに用件頼めばいいじゃねぇか。なぁに俺の仕事の邪魔してんだテメェら! お前らも客じゃねぇ奴を相手にしてんじゃねぇよ!」


 客に責められ、店主にも責められて涙目ではあるが、店主は間違いなく味方であることは分かる。


「あぁ? 客に向かっていい度胸してんじゃねぇか」

「俺達ゃ、『プロミ』」

「うるせえ黙れ。誰も聞きたくねぇよ。客のことだって聞きたくねぇのに、客じゃねぇ奴の事なんざなおさらだ!」


 店主の理論は自分勝手。しかし迫力はこの二人を上回っている。もちろん腕力体力ではこの二人に敵うはずもない。それでもゆっくりとカウンターから客二人の方に移動する店主。


「テンシュ! 抑えてっ! いく……」

「あ、あなたたちもいい加減そのような話し方止めてください!」


「そのクセェ口閉じろやトカゲ! だぁれもおめぇの話なんざ聞きたくねぇんだよっ!」

「い、いい加減にしてくださいっ! 人呼びますよっ!」

「だぁれが店番に立つようなトカゲの言うぶばっ!」


 ウィーナとミールの前でカウンターに突っ伏し、鼻血を出しているカモシカの男。

 その後ろにはいつのまにかカウンターをまわっていた店主が、その向かいにいる双子に右足の裏を見せている。

 カモシカの男の後頭部には店主の足跡がくっきり残っている。


「なっ! てめぇ!」

「騒ぐなカマボコ! 確かにこいつらはトカゲだよ。だが店と無関係の奴からんなこと言われる筋合いはねぇな。普通は店員さんとか呼ばねぇか? この店でカウンターの仕事して役に立ってる。だがおめぇは何しに来た? 店に来るだけ奴は客たぁ言わねぇんだよ。物を買うか頼むかしなきゃ客じゃねぇんだよ! てめぇらは買いに来たんじゃなくて喧嘩売りに来ただけじゃねえか! 俺らはお前らから何も買うつもりはねぇ! オイこら双子!」


 店主の怒りの矛先が双子に向けられる。


「な、何よ!」

「店の邪魔になるもんほったらかしてんじゃねぇよ! こいつらがここで息の根止まったって、俺の仕事の損になるわけじゃねぇ」

「やろうってのか?!」

「んなもん俺の知ったこっちゃねぇ! お前らが国外追放になってくれりゃあ万事解決だ。当たり前だろ? この二人はこの町で生活してるんだ。それが気に食わねぇっつんならお前らが出ていくしかねえわな」


「テンシュ……もういいよ」

「店の中で暴れられたらまずいでしょ?」


 店主は双子に向き直る。


「てめぇらはここに何し来た! 用心棒か何かで来たのか?! 店員しに来たんだろうが! だったら店員の仕事以外済んじゃねぇ! 客がいねぇんなら居眠りでもしてろや!」


 来店してウィーナとミールの姿を見るなり、いきなり罵詈雑言を吐き出す冒険者らしき来店者二人。

 ということは、誰の目から見ても店内で一番非力なのは店主である。しかしその一番非力な人物が一番喧嘩腰になっている。


「て……てめぇ……」

 カモシカの男が鼻を手で押さえながらムクリと店主の方を向く。


「鼻血で店ん中汚すな! 雑巾で拭き取れ! する気がないなら端から鼻血出すんじゃねぇ!!」


 滅茶苦茶な理論である。

 しかもカウンターの下にある雑巾をその男の顔に叩きつける。

 叩きつけられた雑巾はそのままカウンターの上に落ちる。


「……ケッ! とっとと一人で潰れてろ、こんな店ぇ! オイ、もう出るぞ。なんなんだこの店!」

 この乱暴者ですら店主とはまともに会話が出来ず、時間の無駄と判断したのか店を出ようとする。


 「お、おい、俺のこの落とし前……。て、てめぇら、覚えてろよ!」

 退店する前に魚の男が入り口に近いショーケースを腹いせに蹴飛ばし、店を出る。


 そのまま男たちが退店することを許さなかった店主は、やはり店主であった。

 彼らが店を出る直前、魚の男の後頭部に向かって飛び蹴りをかまし、外に蹴り飛ばす。

 そして自動ドアは閉まる。

 外の様子からして、その男も鼻血を出しているようだ。だが、店主は無関心。


 そしてカウンターに向かう店主の目は血走り、歯をむき出しにして食いしばりながら双子を思い切り睨んでいる。


「え、えと、テンシュ……」

「そ、その……」


「テメェら……」


 双子は視線を落とす。前日のミスの帳消しをするために早い時間からバイトを始めたはずが、一組目の客からトラブルを起こされ気持ちが沈んでいる。


 その二人に一喝する店主。


「居眠りしてろっつっただろうが! なんで起きてやがんだ!」


「何で寝てなきゃならないの?!」

「って言うか、怒られるとこ、そこ?!」


 頼りになるのか何なのか。

 店主と接すれば接するほど、ますます理解不能に陥る。


「と……とにかく掃除、しようか……」

「そ、そうだね……」


 カウンターとショーケースの汚れを完全に落とし、後片付けが終わった頃に『ホットライン』全員が店にやってきた。

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