幕間 三:店長のぶつくさ
店長は深く関わらないつもりだった。
だが気が付いたら口にしていた。
好かんヤツだが、忌避しなければならない相手ではない。
迷惑この上ない奴だが、職人としての俺の腕は認めてくれている。
そんなヤツに、あんな顔をしてほしくはない。
だからこそ自然に口に出ていた。
人間の寿命は、細かいことは分からない。誰でも到達できる年齢ではないが、聞いた話では、百二十年くらい生きる種族らしい。
それに比べてエルフとかいう種族は、四百とか五百とか聞く。中には千年も生きるような者もいるとかいないとか。
あの世界の定義と、こちらでの空想世界の種族の定義が一致するかどうかは分からない。だがセレナ自身もそのようには言っていたし、気まぐれで調べて得た情報にそんなに違いはないようだ。
いずれ日常を生活していく上で得る体験は当然寿命が長い方が多くなるはずだし、寿命が短い種族が口にしたところで彼女の慰めになることもなかろうし、何の参考にもなるまい。
だが俺だって両親を見送っている。友人の何人かをも見送ったし、何より『天美法具店』のセレナと似た思いを持った客も数多く見て来た。
日常生活の中で悲しみが不意打ちで襲ってきた人達は皆、「まさか」とか、「思いもしなかった」などと口にする。
流石に、大切な人が誰かに殺されたという客とは会ったことはなかったが、それでもセレナと同じような目をし、似たようなことを口にした人達は多くいた。
あの大切な人が生きているうちに、こういうことをしてあげたかった。あんなことを一緒にしたかった。
そんな後悔を口にする人達。
そんな後悔をするようになるまで、遺された人達は故人と向き合った。
そしてやがて気付く。
こんな切ない苦しい思いをしないように、後悔しない生き方に。
それに気付くかどうかは、生きている年数とは関係がない。頭と心でそれを見つけられるかどうか。
だがセレナはおそらく、その後悔するところまで故人と向き合ってはいまい。
だからこそ、仇討ちという言葉を口に出来たのだ。
「お前はいいだろうよ。俺も気にしねぇよ。だが、周りの人達はそんなお前を見るたびに苦しい思いにさせるんじゃねぇか? 仇討ててもそいつが帰ってくるわけじゃねぇしな。せめて仇を討つって名目じゃでなく、ただそいつを討つだけってのを本当の目的にするのなら充実感も得られるだろうがな」
『天美法具店』に帰ってくるなり、彼女には届くことのない独り言を口にする。
そしてセレナを羨ましくも思う。
何かをしてあげたい相手がそばにいることを。
そして改めて後悔の念を強くする。
あの人に何か一言でも、もっと気の利いたことを言えてたら、互いに苦しい思いをせずに済んでいたかもと。
そして改めて思う。
心に抜けない楔を打ち込まれた時の苦しい思いを、ほかの誰かにも体感してほしくはないと。
向こうに付き添っても良かったが、あいつが一人で自分に向き合う時間も絶対に必要。
それにしても、向こうの世界に行く前よりはマシだが、あんまり変わんねぇなぁ。
何のために普通より多めに休養日を貰ったのか分かりゃしねぇ。
ミミズ腫れが出来るのではないかと思われるくらい、爪を立てて力を入れ頭を掻いてみたところで、心の内がすっきりするわけはねぇんだがこいつは人間としての本能なんだろうかなぁ。
自分なりに心を静めたり、集中したり、気持ちを切り替える方法はあるこたぁあるんだが。
『プライベートに仕事を持ち込まないでください!』
って言われてもなぁ。持ち込んでるつもりはないんだがなぁ。
「……ま、いっか。他の従業員から見られるわけでなし、この気持ちまま明日の仕事に出るわけにもいかねぇし」
ま、見られて咎められたらまた言えばいいさ。
趣味は趣味、仕事は仕事。
そんな言い訳を逆にしてな。
趣味は仕事。仕事は趣味。
俺の休養日は、俺の気ままな一日にさせてもらうさ。
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