休店開業 7
戦闘になった時、何によってダメージを得るか。
攻撃する側は、より効率の高い攻撃の手段を考える。
防御する側はそれに対抗するため、その手段の性質を考える。
しかし店主の発想はそこではなく、どんなダメージを得るのかを考えた。
その発想に全員が強い関心を惹いた。
「テンシュ、なかなか興味深い話するじゃないか。例えば水の力で襲い掛かって来る。水への耐性を高めれば問題はない。だが、雨風になったらどうか。嵐になったらどうか。雨雪ならどうなるか……ということなんだろう? ふむ、面白いな。魔力、魔法、魔術についてはほとんど知識のないテンシュだからこそ、その着眼点かもしれない」
ブレイドが何度も頷く。
魔法で攻撃された場合、同時に襲い掛かって来る魔法の種類も二つとは限らない。三種四種と増えるとになることもある。
「高めなきゃならない耐性は水だけに限らない。しかし水のほかにどんな種類で襲ってくるか。その比率とかも考えなきゃならない。四大元素なら四通り、五大元素なら五通りになる」
「ブレイク、それは全部高めるというわけには……」
「いかないんじゃないか? 地力を高める分には問題ないだろうがな、ライヤー。魔力を防御に回すと、攻撃の補助に回す分が減る。そこで我らがテンシュの工夫の出番ってわけだよな」
「うるせぇよブレイド。お前らだけの俺じゃねぇよ。逃げるぞコノヤロー」
「もうそれはいいから。お願い。説明終わるまでは真面目にやって」
いつもの店主を真剣に嗜めるキューリア。
その要望に応えたのか、それともふざけたままで説明を続けるのは出来ないのか、店主の物言いは真剣なものに戻る。
「答えを言おう。軽重・硬軟・寒熱・明暗・通停・伸縮・曲直。この七種だ」
全員が目をぱちくりしている。
「例えば今リメリアを押しただろ? リメリアが重くなったら、俺の力じゃびくともしないはずだ。あぁ、リメリア気にするな。お前が太って体重が増えたって話じゃない」
「それ、今は関係ないでしょっ!」
冒険者で逞しい体をしているとはいえ年ごろの女性。体重が増えるなどとダイレクトに言われたら、さすがにその心境は複雑になる。
「重くなるのが嫌なら硬軟の力を働かせりゃいい。どんなに力いっぱい押されても、砂一粒を投げつけられた感覚だ。逆の力を発揮すりゃ、体にめり込ませてその勢いを殺す。通停については、リメリアに触ったその位置で俺が押そうとする手が止まる。あるいはリメリアの体をその力が透過。そんな感じだ」
ぶつかって来る物が液体なら、寒熱で凍らせるか蒸発させる。明暗は命中率に影響する。曲直は、ダメージの受け方になる。力の受け方が曲がると、その範囲は広がるがダメージは軽くて済む。直にくると、被害の範囲は狭くなる。伸縮は、局部を守るか全体を守るかということ。
「そんなの、初めて聞いたぞ。ていうか、言っている意味は分かるがそんな力を宿らせるなんて……」
エンビーはやや興奮している。彼だけではない。全員の目が輝いている。
元素の力を宿す。
この世界の道具作りや魔力の理論的常識なのだろう。
その常識を覆す発想は、この世界ではない人間ならではのものだったに違いない。
「元素の力は感じることは感じるが、それを実行するってぇとその現場は見てないからどう出すのかもわからん。その力を出す場面をじっくり観察できるんならその力を作る道具に込めることもできるが、その元素の力はむしろおまけだな。特にこいつの実戦を見ずに道具を作るっていうんだから、こいつに適した元素の力を込めるより、そんな機能を持たせた方が間違いなくこいつの実戦ではその道具よりも役に立つ……」
「それよ!」
キューリアが大声を出して突然立ち上がる。
「私が最初にここに来たとき、新米の冒険者たちが来たの。その子の持つ道具に違和感があって、どうしても気になって……」
ミールの杖を横取りした時の事である。
魔力が込められている道具であることは分かったが、異質な物を感じた。
そのはずである。五大元素、四大元素の力がほとんど感じられなく、説明した力を込めたというのであれば納得できることである。
「もちろんあれにもそんな機能をつけた。だが初心者なら、成長のタイプが大器晩成型だっているだろう? 元素の力は全般的に強くはした。扱い切れると思われる程度にな。それ以上に今言った機能を発揮しやすい仕掛けを込めた」
「いやちょっと待て。キューリア。それとブレイド、お前らも頼んであるんだろ? なんで今まで気付かなかったんだ?」
「俺達のはまだ完成してなくてな。いくつか見せてもらったが、そういえば違和感は感じなかったぞ?」
「当たり前だ。お前らの場合は模擬戦見た後だったからな。全く見ないよりも、いくらかは全員の特徴を掴んでる。だがその道具の力を信じられるかどうかが問題。そして信じるも信じないもあなた次第。だから無報酬でいいっつったじゃねぇか。それと一見さんよ、自分の物を言い当てたんだからペナルティはないが、最初に言った通りお前からの依頼はこいつが最初で最後だかんな。まぁ試しに模擬戦でもやってみるんだな。以上講釈も終了!」
店主はそう言い切ると力任せに立ち上がる。
そのままテーブルの椅子に座る。
全員がこれから何かするのかと店主を見守る。店主は全員を見ている。
「……おい、お前ら」
「どうしたの?」
「……俺に飯は?」
あるわけがない。すでに食い尽くされており、付き添っていたセレナとブレイドも合間を見てすでに食事を済ませていた。
────────────────────
午後六時半。店主のこの日の食事はこれが初めてである。
来訪者全員からのお詫びと感謝の気持ちらしい。この世界の豪勢な料理が店主の前に並ぶ。
しかしそれがどれほどの価値があるのか店主には分からない。
そしてその店主には、そんなものを用意されても特にありがたいとも思わない。
食に関しては、量と味。栄養は栄養士にでも預けとけという程度のものである。
だがその二点においては、どんな名前かは分からないし素材も分からないが、味は店主の舌をうならせた。
この場にいるのはセレナと店主のみ。
他の全員は、斡旋所の闘技場で模擬戦でその道具を試すとのこと。
大勢から食事をするところを見られるのは正直気持ちのいいものではない。彼らはそこまで気を遣ったわけではないだろうが、のんびりと食事ができることには違いない。
「テンシュ……」
「んあっ?」
三十台を過ぎている男性が、口の周りを汚しながら頬を思いっきり膨らませてほおばっている。
そんな顔を向けられたセレナは、深刻な思いもどこかに吹き飛んでしまいそうになる。
「……口の周りくらい拭きなさいよ」
「んおぁっ」
「あぁ、もういいから! 話しかけてごめんっ!」
口の中の物を飲み込んでから店主はセレナに、世界間の移動について忠告を始めた。
今回の件で店主が初めて気づき、おそらくセレナは考えもしないことだった。
「……ということで、つまり俺の世界での今の時間までを過ごさないうちにこっちに来れないってことだ」
「確かにテンシュがこっちの世界にいる間に、向こうの世界に帰ったテンシュが来るってことは、本人が二人いるってことだから……パラドックスとかいうんだっけ?」
「そんなタイミングでの移動をするとどうなるか。そんな実験をする気もないが、ここに一年ずっといてから向こうに帰ると、一年間こっちに来ない方が無難ってことだ。俺は別に構わんがな。というか、それはそれでうれしいし有り難い」
すっかり普段通りになっている店主との会話はもどかしい。
「またそういうことを言う……。でも私が今ここでテンシュの世界に行くと、そこにもテンシュはいるわけだよね。でもそんな発想思いつかなかった。っていうか、テンシュがこっちと向こうに二人いる……」
「だがそんな長期間滞在する気はねぇし、お前にもこっちにずっといさせるわけにはいかねぇ。だからお前も日を跨ぐなってことだ。お前がこっちに来る時間が予測不可能ってのがまずい。何回も言うが、俺の世界じゃ未知の世界との遭遇は国家同士の争いの火種になりかねない。間違いなく俺が槍玉に上がっちまう。お前がこっちに来ない代わりに俺が決まった時間にこっちに来るという条件なんだからな。この世界で緊急事態が起きてもその時間まで我慢してもらわにゃ困るってこと」
時間差が生まれるセレナと店主の世界間。その異動での矛盾が起きそうな現象と、それを避けるための話を一通り終えた店主。
少しの不満はあるようだが、セレナはそれを了承する。
そんな不満をこぼすより、セレナには店主に言わなければならないことがあった。
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