休店論争 3

 セレナが気まずそうに呟いた。

 しかし構わず店主の言葉は続く。


「あのさ、まず一つ言わせてもらいたいことがある」

 全員が店主に注目する。


「何か食うもんないか? 腹の虫が連発して鳴いてる。このままじゃ仕事に差し支えが出る」


 すぐに誰も反応しない。

 キューリアは自分の話を全て聞かれたと思ったのか、顔を真っ赤にして何も言えないでいる。

 他の全員も、雰囲気を考えない店主の言葉に固まっている。


「い、今ですね、それどころじゃ……」

「ちらっと小耳にはさんだけどさ、あの男の事、弔ってやったんだろ? 役場とかへの手続きはなるべくはやくしなきゃいけねぇんじゃねぇのか?」

「テンシュ、今はいつものテンシュは控えて。お願い。セレナもみんなも普段のみんなじゃないから……」


 ライヤーとリメリアが何とかして店主を止めようとする。くだらない店主の言動はいつもなら聞き流すこともできるが、いつそしてどんな言葉が感情のぶつかり合いの引き金になるかわからない。

 しかし店主は平気な顔をする。空腹がこの場に出てくる言い訳に感じるくらいに。


「今しなきゃいけないことは絶対しろよ。でも、やるのが今じゃなくてもいいなら後回しでいいだろ。そして俺は今飯を食いたい。なぜなら仕事に差し障りがあるからだ。だが生きるか死ぬかで考えると、今食う必要はない。だが俺が仕事できなくなったら、おれがここにいることを逆にお前らから責められる。だが俺にとって面倒なことに、それで俺がここから追い出されたら、今度はセレナが俺の世界に押しかけて来るという災いをもたらす。俺の空腹はそこまで話が繋がってしまうんだぞ。それに腹が減ると怒りっぽくなるらしいし」


 店主は身振り手振りを加え、芝居がかった話しぶりで自分の現状を説明する。

 話しぶりはいつもと変わらないが、ここにいる全員も、冷静になって考えてみればスウォード以外はずっとお腹に物を入れていない。

 そして付け足す店主からの質問。


「で、敵討ちって誰か言ってたけど、今行くの?」

「行くわけないでしょう! って言うか、行けるわけないでしょう!」

 赤面しながらキューリアが間髪入れずに反応する。が、その答えを待ち受けていたかのように店主も即座に返す。


「よし、じゃあ飯。なんかない? 買い物に行くっつったって、俺が言葉とか文字が分かるのは店内限定だから誰かに買いに行ってもらうしかないんだが。いつもならセレナがその世話してくれるんだけど、この有様だしさ」


「料理もこの人数は無理だろ。俺がなんか買ってきてやるよ。みんなも何か食うだろ?」

 エンビーが申し出、全員からリクエストを受け取り買い出しに行く。


 大柄な体格の持ち主が七人もいて、一緒に食事をするにはテーブルだけでは狭すぎた。セレナは目と顔を真っ赤にしながら無言で折り畳みのテーブルを用意する。

 あんな雰囲気だったのにそれでも食事と言う言葉に肯定的に反応するのは、体が資本の冒険者業を長く経験した者達だからこそか。


「あーっと、それとな。こんなもんが下に落ちて来た。何これ? セレナのおもちゃ?」

「あ、俺のアンクレットだ。いつ外れたんだ」

 そう声を上げたのはスウォード。


 その彼にその防具を手渡すが、店主は余計な一言をつける。

「あんたの防具か。ならホントにおもちゃかもな。これを身につけないままのあんたの力の方が、戦場じゃよほど効率的かもしんねぇぞ」


 この言い方が、これまでスウォードが気に入らなかった店主への不満をぶちまける引き金になる。不機嫌な顔を隠そうともせずに装備品を受け取ると、スウォードはその感情を店主にぶつける。


「おもちゃ呼ばわりはひどくねぇか? こいつには防具に魔法補助として、長らく世話になってるんだしな」


 感情をそのまま言葉にすると、さらにその感情が増幅されることはままある。

 スウォードも例外ではなく

「大体傍から見てて、この人の態度おかしいだろ。そんなに嫌なら止めりゃ済む話じゃねぇの? セレナが押しかけて世界間がどうとかって言うけど、その人がその責任を負わなきゃいけないってんならともかく、巻き込まれただけなら誰かに対応を頼めばいいだけじゃねぇか」


 しかし店主の顔は涼し気。


「無理無理。魔法使って店の扉開かないようにするわ、俺の行動範囲狭めようとするわ、腕力や体力に任せて拘束しようとするわ、誰にどう訴えていいのか分かんねぇよあんなの。見た目か弱いお嬢さんがそんなことを俺にしてくるなんて、誰がそれを信じる? そもそもこっちには魔法なんてないしな。それにあんたもそんなに不信感持ってるんなら来なくてもよかったのに。つーか何で連れて来たの? ブレイド」


 申し訳なさそうにブレイドが説明する。確かに連れて来るにはタイミングは悪すぎた。


 ウィリックをエルフの流儀で弔うために、森林に遺体を連れていき祈りを捧げた。肉体は細かい粒子に変わり空中に漂った後消えていった。

 しかし悲しみが癒えるわけではない。

 『ホットライン』のブレイドを除いた全員がセレナに付き添い、彼は所用を済ますためにチームの拠点に立ち寄る。そこから店に向かう途中でスウォードと会い、店主がいるなら彼に対応してもらおうという算段をしていた。


「道具、特に補助効果のある防具を身に付けたいんだと。前々から連れて来るつもりだったんだけど、仕事の内容考えたらセレナよりテンシュ向けかなと」

「……ブレイク、よくこんな奴信頼できるなお前。俺、どうも気に食わねぇわ」


 なぜ感情と反対の行動を起こすのか。自分みたいに無理やり連れられてきたわけでもあるまいに。


 そのように滑稽に感じた店主は、その思いを我慢できない。


「ぷっ。気に食わないんなら俺に向かって一発何かぶちかましゃ済む話じゃねぇの? そしたら『俺、ここに来る人が怖くて来れない』で万事解決……」


「テンシュ……そーゆーのもういいから。聞いててウザい」

 顔の赤みがまだ取れないままのキューリアも、ここぞとばかり店主に少し感情をあらわにする。そして改めてキューリアは店主を向き直る。


「一回でいいから本気出して仕事してほしい。本当のテンシュってそんなもんじゃないでしょ? スウォードのその防具をおもちゃって言ったテンシュは、どんなのが作れるの? 作れるんだよね? だからおもちゃって言ったんだよね?」


 キューリアに問い詰められて口ごもり始めた店主。スウォードとキューリアばかりではなく、今までの全員の心の燻りが店主に向き始めたかのように、全員が穏やかならない視線を向ける。


「言いたいことがあるならはっきり言ってよ、テンシュ! 今なら怒らないから」

 キューリアの一言を言質にして、店主はうれしそうにはっきりと言い切る。


「じゃあ言おう。その道具、おしゃれやインテリアとして使うなら一級品だけど、命預ける防具としてならほとんどガラクタみたいなもんだから」


 新たな火種を作り始めたも同然の店主の言葉に、スウォードは店主に完全に怒っている。キューリアも止めたいとは思ったが、怒らないと言った手前、どうにも動きようがない。

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