休店論争 1
第一者視点の戦場ゲームの世界にリアルに飛び込んだら、間違いなく誰でも今の店主の気持ちになれる。
物が飛び交うということはないのは、やはりそれなりに人生経験を重ねて出来た良識によるものだろう。
しかし、特に女性陣の髪の毛がひどい。目を引くのはセレナの金髪とキューリアの黒髪。
どちらも長く、艶やかで光を反射するほどの綺麗な髪が思いっきり乱れている。
リメリアとヒューラーの、そこまで長くはない髪もかなり乱れている。
着ている服も相当乱れ、いつもは見えない胸の谷間まで見えているが、それに見惚れている者は店主含め誰もいない。
その場にいる全員の手の甲は、ミミズ腫れやひっかき傷がついている。
いつもセレナが料理を出してくれる冷蔵庫のような家具と、食事するテーブルはその現場の奥。
通れるスペースはあるのだが、誰かが力いっぱい腕を振り回した風圧だけで自分の頸動脈が切れるんじゃなかろうかと店主が心配するほどの彼女たちの形相。
男性陣たちはそれなりに抑えに回っているようだが、セレナの説得を中心にしているようだ。
床の上は部屋の中の小物が無造作に散らばっている。床の所々に見える凹みは、店主が最近二階に上がった時点では見られなかったもの。
店主は階段から顔だけを出し、全員の様子を窺いながら、奥のキッチンまで行けるかどうかを見計らっている。
「いい加減分かりなさいよっ! 国を挙げての討伐計画があっさり失敗になって、そんな巨塊相手にあんた一人で何が出来るの!」
「あいつがっ! あの男がやったも同然でしょう! どうしてあの人があいつのせいで死ななきゃならないのっ! 何もしないで平気でいられるわけないでしょう!」
「あの野郎のことはもう過去のもんだぜ。巨塊の中で生きていたとしてもな」
「……皇太子もえらい言われようだが、どんな悪口でも不敬罪には当たらないよな」
キューリアが言い聞かせようとして、それにセレナが抵抗している。
二階に上がって間もないはずのブレイドも、他のみんなと同じように身だしなみや服装が乱れている。
スウォードが三人のやり取りを聞いてぼそっと呟く。
「……こんなことになってるって分かってりゃ、きちんとした身なりにしてこっちに来ることもなかったかなぁ。……あ、戻った時にみっともない恰好を見られちまうか。気を遣うこと考えねぇこいつらはそんな面倒な事考えないんだろうなぁ」
普通の人が見れば、何があったのかなぜこうなったかといろいろ心配をする二階の光景。しかしそのようなことは思わない店主はいつも通り。昨夜からの店主の気の重さは、まるで彼らが代わりに背負ってくれたよう。そんな店主の今の独り言は、この世界での普段の店主と変わりない。
もちろんみんなの耳には届かない。それどころか、店主が二階に上がってきたことすら気づかない。
「その報いを受けてもまだ、こうして苦しんでる人たちだっているじゃない!」
「その話はずれてますよ。今はあなたがウィリックにどう思っているかって話でしょう? なのに被害を受けた人達の代表のような話になるのは論点がずれます。その人達全てから願いを託されたならまだしも」
「私だって被害者よ! 一つ間違ったら私だってどうなってたかわからない! なんでウィリックも私みたいに帰って来れなかったの!」
「あなたさ……いい加減にしなよ」
大声の応酬の中で、急にキューリアが冷たく低い声を出す。
「……私も大概だったけどさ、あんたも大概じゃないよ。あんたは私ほど愚か者じゃないでしょうに」
「何の事言ってるかわからないわよ! 言いたいことあるならはっきり言いなさいよ!」
セレナに怒鳴られたキューリアは、力なくうなだれて大きく深くため息を一つつく。
「もしあんたが頭に血が上ってて何も考えらんないって言うんなら、まぁ仕方ないわよ。私だってそんな時あるもん。でもさ、あんたさぁ、いつもそばにいるのが当たり前とか思ってんじゃないでしょうね!」
この言葉の終わりになるとキューリアは首を上げ、セレナを睨み付けながら声を強くする。
「言いたいことがあるなら言いなさいって言ってるでしょうが!」
「私が言いたいことを言わないうちにあんたが気付けたらいいなって思うから言わないでいるんじゃない! いわば執行猶予を与えてんのよ!」
「二人とも興奮しすぎだって。キューリアも何言いたいのか、俺も分かんねぇよ」
二人の仲裁にエンビーが入る。しかしキューリアが再びヒートアップし始める。
「私はまだ引け目も負い目も感じているの! だから彼がそばにいると、本当は申し訳なくてまともに顔見ていられないの! セレナ! 私はあんたに同じような思いをしてほしくないから言わないでいるの!」
「キューリア、店主の事か? あの人はそんなにお前のこと意識してなかったぞ。お前もお前で思い込み過ぎてるんだよ。まぁ今出す話題じゃないが。けど店主がどうしたって言うんだ?」
ブレイドも二人に割って入る。
階段から頭を半分出したままの店主は、そのまま腕組みをして彼の言葉に同意するようにうんうんと頷く。もちろん誰も気づかれていない。
「……そう、なら言うわ」
キューリアが一呼吸おいて切り出した。
「あんた、ここに帰って来れたのはテンシュのおかげだって、心からテンシュに感謝の言葉言った?」
静かに口にしたキューリアの言葉は、その場に静寂をもたらす。
「ウィリックが帰って来れなかったのは、あんたの言った言葉で答えを出すなら簡単よ。テンシュがウィリックのそばにいなかったから。つまりウィリックのそばにいなかったテンシュが悪いってこと」
「何バカなこと言ってんのよ! テンシュが悪いわけないでしょう?!」
セレナは目を大きくする。
「キューリア、それも極論すぎますよ」
「セレナが帰って来れたのは、運が良すぎたとしか言いようがないでしょ?」
「あんたが帰って来れたのは、テンシュのおかげでしょ! テンシュがあんたに手伝ったから帰ってくることが出来たんでしょ! テンシュがあんたを手伝うのは当然の事って思ってる?!」
ライヤーとリメリアもそんなキューリアを抑えようとするが、キューリアは耳を貸さない。
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