近所の客一組目 2
店主はこの世界の事や住民達には関心はない。それでも耳に新鮮な話なら自然と入る。
セレナの年齢は三桁と言う話をどこかですでに聞いている。そんな彼女をちゃん付けで呼ぶ目の前の老エルフ。セレナの年齢を遥かに上回ってはいるように見えるが、五世紀も六世紀も生きてきたのだろうかとふと思う。
「セレナちゃんが行方不明って噂を聞いて、ここら辺の店の者達ゃあ随分心配したんじゃが、すぐ戻って来れたようで何よりじゃったな。けどな、何日か前から店から物を出し入れしとったのを見ての。どっかに引っ越すんかのぉと思うてたが、兄ちゃんの話だと一緒に店続けるっちゅうことかの?」
セレナは店のリニューアルについては知り合いどころか、近所にも通達していなかったようだ。
店の名前が変わる。店の中にいる人も初めて見る顔。彼女が客から相当の信頼を得ているなら、ヒューリアのような反応をする者も少なくはないことは目に見えている。店主の仕事に障らないように、そのような来訪者に分かるように説明する役目も兼ねている警備のボランティアの彼女たち。だが近所への報せまで請け負うのは難しい。
「セレナってば、周りに何も言ってなかったのかしら?」
「兼業冒険者だったからねぇ。そこまで気が回らなかったのかも」
「それで、チェリムさん、でしたっけ。何かお買い求めですか?」
店主はこの世界や近所に無関心でも問題はない。この世界の住人ではないのだから。
しかしセレナは違う。経営者相手でも冒険者相手でも、もう少し関心を向けるべきだろう。
何かに夢中になると周囲に目を向けない子供っぽい性格もあるのだろうか。店主は脳内のセレナにダメ出しを何度もくらわすように首を振りながらチェリムに用件を尋ねる。
「孫娘が結婚して嫁に嫁ぐんじゃ。と言っても隣町に住むんで、そんなに嫁に出す寂しさなんて感じんがな。けど孫娘として最後の贈り物(もん)をしたいんじゃよ。キラキラしたもんがええかのと思うての」
「でしたら、装飾品を扱う店に行かれたらいかがでしょう? 店を新しくしたはいいんですが品揃えがまだ十分ではありません。揃える前に依頼を受けてしまったので、チェリムさんが納得がいく物をここで手に入れるとなると式に間に合わせるのも難しいですよ」
老人は足に肘をつけ頬杖を突く。水平だった耳の向きがやや下に向く。店主は上から見下ろしているため老人の表情は見えないが、少し沈み込んだ気持ちを表しているようだ。
近所で自営店を開き、次の世代に譲って隠居しているエルフ種の老人チェリム。
散歩がてらに立ち寄った『法具店アマミ』。
店主に持ちかけてきた話は、武器や防具などではなく、儀式の際に身に付ける装飾品の製作の依頼。
「結婚式に花嫁が身につける飾り物を扱う店は、貴金属店とか言うのじゃろ? この商店街にはありはせんな。あったとしてもとても値段が届かんし。毎日ここらを散歩しとるんじゃが、あんまり目にせんキラキラしたモンもあったのをここで見かけたんでな。改めて見るとホントに珍しいもんじゃの、あそこに並んでおるやつは」
ショーケースの中に展示してある数珠のことを指しているのだろう。確かに数珠はこの世界では使うことはないかもしれない。
宝石の加工が得意の店主が一番数多く手掛けている品物だ。物珍しい物ならばこの世界では唯一無二。贈り物とするなら間違いなく記念品となるだろう。
だがこの世界で何かを象徴しているわけではない。物珍しいだけで関心を惹く物を儀式での贈呈に用いる思い付きは取り下げる方がいいと店主は思う。この世界の習わしに遵う方が無難である。
何よりもその孫娘の情報が全く入ってこない。そして老人の話はただの雑談のレベルである。
「花嫁かぁ……ちょっと憧れるかなー」
「うん、でもどっちが妹でどっちが姉か分かる人が相手じゃないとヤよねー」
「私は結婚は遠慮しよう。今の冒険者生活の方が楽しいし」
老人の話に触発された双子が結婚への思いを語り、ヒューラーがそれに混ざる。
「すぐにでもどこかの魔物退治に行けそうな格好で何語ってんだよお前ら」
彼女たちの脳内と外側が全くの別世界。頭部と指先以外完璧な冒険者としての装備を身につけている四人に向かって店主は呆れ顔。
「ところでチェリムさんはどんなご用事なんですか?」
「用心棒が何で店員みたいなこと言うんだ、白羽根女……」
バイトがバイトの役目をせずに、警備員が客に用を聞く。そのあべこべな現象に店主は頭を抑える。
来客の応対ができればどうでもいいかと諦め、『ホットライン』からの依頼の仕事の続きを再開し、老エルフの話の相手を四人に任せた。
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