常連客二組目との出会いもトラブルでした 1
「なによ、セレナってば! 今までの店変えたってどういうこと?! 討伐隊の一部隊の副隊長に就任したってのは知ってたけど、隊が全滅して任務失敗したなんて噂もあるし! ブレイクも私らもセレナと縁がないとか運が悪いとかそんなレベルの話じゃないでしょうに!」
女性が文句をこぼしながら町の中を走っている。その文句の中身から察するに、行先は『法具店アマミ』ということになるのだろうが、彼女の目当てはセレナが一人で営んでいた道具屋のようである。
彼女とすれ違う者や進む方向を同じくする者誰もが彼女を見て『冒険者』であることが分かる。
脛を隠しきるほどトップエンドの高い金属のブーツは、いくつもの戦場を駆けて来たと分かるほどの傷と汚れで、本来の素材の色彩は歪まれ見る影もない。だがまだこの先、その足を無傷で守るタフさも見える。
しかし数え切れないほどの細かい金属板が重なり合いながら継ぎ合わさっている全身を包む鎧の、魚の鱗のように見える表面は、何かの魔法でコーティングしているのか一点の血曇りもなくまばゆいばかりの白銀の光を反射している。
現在装備を外しいる手のひらと素顔の肌は透き通るような白。
しかしその者達は彼女を見て『黒』という印象が真っ先に浮かべてしまう。
それは、見事な艶やかさを有した長い黒髪。そして黒い瞳。
なにより、鎧の背の隙間から露出していると思われる、蝙蝠のように折り畳まれた羽の黒い色が、背中に存在感を放っている。
それを見る者達は驚きはするが、不快感を持つ者はいないようで、誰もがその走る姿に美しさを感じ目を奪われている。
非常事態以外、冒険者は町の中で戦闘態勢をとることは禁じられ、特定の種族しか取れない行動を起こすことも禁じられている。
つまりこの女性が町の中を移動するために、背中の翼で飛行することは出来ない。
「あぁん、もうっ! 羽が使えたらすぐにでも到着するのに!」
彼女の移動する最高速度を出せない両足にそんなじれったい思いを持つのは、彼女にとって初めての事だろう。
息切れを起こしているのは、全速力で走っているからではない。
セレナの身を案じ、いい予感が全くしない焦りのため。
その色の鮮やかさに目を奪われる町行く者達を全く気にせず、とにかく足早に歩く。走り出すと、つい翼まで使いそうになってしまうのを堪えるため。
「はぁ、はぁっ……。ここ……のはずなんだけど……。『法具店アマミ』? まさか誰にも行き先を告げずに引っ越したの?!」
息を整えてから出入り口のドアに近寄る。こんな半透明なドアではなかった。ドアに店名が刻まれているなんてこともなかった。
木の板にセンスのあるおしゃれな模様の彫刻を入れ、その真ん中に彼女の店の名前が彫られていたドアだった。
それが、そのおしゃれの要素がどこにもない。光彩を店内に取り入れた工夫であると言われれば、それも悪くはないかもしれないが、セレナが思いつくことだろうかと考える。
今までなかった自動で開くドアの仕掛けにも驚いた。
注意深く店内に足を踏み入れる。
彼女の記憶によれば、店の中に入ってすぐの両側の壁沿いにカウンターまで長物の武器や防具、道具が立てかけられ、並べられていた。手にして試しに素振りをしても、どこにもぶつかる心配のない広々としたカウンターまでの通路。
並べられていた長物はみな、高い実力者ならみな手にしたがっていた道具であった。
というより、そこら辺の道具屋では扱うことのない高品質、高性能の物ばかり。もちろん未熟な冒険者ではそれらは使いこなせないし、道具の力を暴走させることも間違いない。
それが、今目に入る光景はどうだ。
真っ先に目に入るショーケースが通路の脇にカウンターに向かって並んでいる。
その中に入っている小物は数少なく、貧相な品揃えと言う第一印象。しかも誰でも扱えそうな物ばかり。
「な……なんなのこれ? 初めて見る物ばかりだけど……。あ、見たことがあるのも並んでるのね。……んー……でも……」
ショーケースの中の入口に近い方に並んでいる物は数珠。この世界に存在したことのない物だった。
展示されている物の傾向が、彼女が知っている今までとは違ってしまっている。
「彼女、そんなに宝石の事、詳しかったかしら?」
店の名前が変わった以上、店のオーナーが変わったことは考えられる。
しかし今まで陳列、展示されていた物の中には見覚えのある品も多い。
セレナが作った物が展示されているスペースが減らされ、目新しい物が増えた店内の現状である。
もしもセレナがこの店から、いや、この町から去ったとしたら、目の前に並んでいる道具は在庫処分ということになる。彼女が作る物と同じ物を誰かが作れるとも思えない。
だが彼女の目から見て、依然とは若干変化が感じられた。もちろん彼女には、どこがどう違うのかまでは言葉で説明できない。
とにかく言えることは一つだけ。セレナの店で扱っていた彼女が作った道具の数々は、もう二度と手にすることが出来ないという事実。
ゆっくり進んでカウンターの前に立つ。
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