『天美法具店』の店主が異世界で職人として 2

 セレナの店の客を初めて見た店主は、改めてセレナにとっては現実世界であることを知った。

 目の前にいる客は、鳥が人間の姿をしているのである。


「あ、ジュアッド。うん、帰って来れた。心配してくれて有難う」

「この店がなきゃ、俺は何にも出来ねぇからよ。こっちこそ、無事でいてくれて有り難かったぜ。でも……片付けてるのか? まさか店を辞める?」


 ジュアッドと呼ばれた男っぽい人物は店内をあちこち見るように、左右に素早く首を動かす。店主には、まさしく鳥その物の動きに見えた。


「ううん。店の模様替え。ちょっと高品質になるかもしれないから期待してていいよ」


「元からすごい武器とか作ってたけどさらに上に行くのか。そいつはすごいな……。……で、この人は誰? 人? 純粋な人種って珍しいな」


「この人のおかげで戻って来れたの! 魔術とかはないけど、この人なしじゃ帰って来れなかった! 私の恩人! 模様替えするのはこの人もこの店に関わってくれるから。テンシュさんよ。テンシュさん、この鳥さん、ジュアッド=バーラムって言うの。ずっと前からの常連さんよ。よろしくね」


「ジュアッドだ。セレナが世話になった。俺からも礼を言う。ありがとうな」


 鳥の体毛に覆われていても、普通ではない筋肉がついていると分かる腕。そしていかにも鷹の足っぽい手。握手を求めているのだろうが、普通の人間なら簡単に骨折しそうだ。

 しかし店主の対応は、セレナもジュアッドも予想していなかった。


「すまん。遅くても明日、改装のためのでかい荷物が届く。それよりも早く着くかもしれん。握手をしている暇もない。立ち話するならまずそこから掃除させてくれ。俺は相手にしない。だがその作業の邪魔にならなきゃ好きにしてくれていい」


「え、ちょっとテンシュさん? 挨拶くらいは」


「気が向いたらする。向かなかったらしない。そういう約束だろ? 今ショーケースが届いたら店の中の掃除の時間がさらに長くなっちまう。リニューアルして商売軌道に乗せるなら、客が戻ってくるまでに態勢しっかりしなきゃなんねぇだろ」


 ジュアッドは差し出した手を頭に持っていきポリポリと掻く。身の置き所に困るような目の動き。


「な、何か邪魔したみたいだな。明日そんな荷物が来るってことは、落ち着くのは明日以降かな? 今日はセレナの元気な姿見に来ただけだから。他の知り合いにも伝えとくぜ」


「あ、うん。来てくれてありがと。次の来店待ってるからね」


 ジュアッドの退店を見送った後、セレナは少し気を立てて店主に向かう。


「テンシュ! もうちょっと愛想を」


「お前がここにいる目的は何だよ? ここに来た人と雑談することか? 無事に帰ってきたことを報告するためか? てめぇの作ったもんを売ることか? 買った人から喜んでもらうことか? 俺はお前に押しかけられて仕方なく来たんだぜ? 気に入らねぇんなら来ねえよ。だが二度とこっちに来るな。お前は俺をどうしたいんだ? 俺はなるべくこことは深くは付き合わねぇつもりだ。この店よりも俺の世界の『天美法具店』の方が大事だからな。だが俺はお前から、ここで売る品物の質を高めることを期待されてると思ってる。掃除が終わんなきゃその仕事は出来ねぇ。仕事が出来ねぇ奴ならクビになっちまうだろ? 俺は別にそれでもいいさ。だが俺の仕事には、仕事をする前からケチつけてもらいたくないんでな」


 店長は一気に捲し立てる。

 セレナは彼の理論に文句をつけられなかった。


「……じゃあそこよりも、奥の机のところから掃除して。位置を変えるから」


 セレナが言い終わる前に店主は急いで一番奥に向かい掃除を始める。

 彼女の店が生まれ変わる第一歩はこうして始まった。

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