柿の木

@yomikaki2

カキノキ

森の中に大きな柿の木があって、毎年秋になると狼が様子を見に来ていた。


まだ今年は下の方が生成りだったので帰ろうとすると、その生成りの一つから声をかけられた。

「狼さん、わたしはこんな辺鄙な木になっていても未来がない。もっと目立つところで花を咲かせたいのです。わたしをどこか遠くへ運んでくれませんか。」


狼は気の毒に思ったが、このような柿がたまに成るとは聞いたことがあったので、木の幹にこれを連れて行ってもよいものかと尋ねた。


木の幹は答えなかった。


「そうだ、ここから見えるあの小高い丘のてっぺんまで運んでください。きっと素敵な景色が私を待っているにちがいない。」


狼は悩んだが観念して生成りの柿を口にくわえ、丘の頂上まで向かうことにした。

木の幹は何も言わなかったが、このやり取りをただ静かに、ただ少しの憐れみと諦めとが混じったような雰囲気で見つめていた。


丘に連れて行くまでの間、柿は興奮していた。狼が普段気にも留めない花や虫たちにもこの柿はよく関心を示すので、狼はたいそう感心していた。


そうして騒がしく移動しているうちに、丘のてっぺんに来ていた。

「狼さん、ありがとうございます。あっという間でした。ここにわたしを置いていってください。」


狼にとっては面倒で退屈な移動だったが、柿が満足そうなので良しとした。

狼があたりを見回すと、山から見えない斜面側は少し滑りやすくなっていて岩肌も見えていた。狼は柿に気をつけるよう忠告した。


「ありがとうございます。それにしてもここは素晴らしい景色だ。」


柿は興奮がまだ収まらない様子だった。狼は一仕事を終えたので、帰ることにした。


その後、狼はときどき柿の様子を見に行った。

柿は会うたび丘の素晴らしさを口にした。日々刺激があると自慢気に語っていた。しかし狼には、たしかに充実しているように感じるが、少しずつ柿が生気を失っているように見えた。


しばらくすると、丘の上から見る森もまた美しいと言い始めた。


またしばらくすると、丘から見える景色で一番美しいのは自分のいた森だと言った。


そしてあるとき、柿は昔いた木に戻してほしいと言った。


狼はそれはできないと返した。柿は嘆いたが、次第にその元気もなくなっていった。


そしてあるとき大雨が降った。

あくる日は晴天だったので狼は柿の様子を見に行った。

柿は見当たらなかった。

岩肌の方を足元に気をつけながら見てみると、腐りかけの柿が一つ潰れていた。

よく見ると、潰れた柿の周りに柿の種とおぼしき物が落ちていた。

それは古く砂利のようになったものから比較的綺麗なものまで様々だった。


狼は丘をおりて、いくつか種を拾い、丘の頂上に穴を掘って埋めた。

しばらく手を合わせた後、あたりをもう一度見回し、狼は森へ帰った。

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