カクヨムちゃんと一緒に小説を書こう
けろよん
第1話
僕はどこにでもいる平凡な普通の高校生だ。
小説を書くどころかろくに読むこともしてこなかった僕がなぜ電撃カクヨム大賞などというとても権威のある素晴らしい賞を受賞するに至ったのか。
それをこれからちょっと振り返ってみようと思う。
僕の名前は佐藤直樹。どこにでもいる普通の高校生だ。
僕はいつものように平凡で退屈な学校生活を終えて、いつものように帰宅した。
特に趣味の無い僕には寄り道をしたい場所も特には無い。
かと言って別に急ぐ用事も無いのでのんびりと歩いて帰ってきた僕に、家のリビングでスマホを片手にツムツムをやっていた母ちゃんが顔を上げて言った。
「直ちゃん、あんたにお客様が来とるよー」
「誰やー?」
「知らんよー。あんたのお客様やろー。あんたの部屋で待ってもらっとるよー」
「知らん奴を僕の部屋に上げんなよー」
お客様って誰だろう。
同級生で馬鹿やってる鎌池か伏見だろうか。それとも担任の三木先生だろうか。
僕に思いつくような交友関係はそれほどない。
まあ、考えてもしょうがない。お客様はもう上がっているのだから、会いにいけば済むことか。
俺より強い奴に会いに行く!
そんな勝負に挑むような気分で、僕は階段を踊るような足運びで進み、自分の部屋の襖を開けた。
ぴかー。
「うお、まぶしっ!」
目が眩むかと思った。それほどの美少女がそこにいた。
別に光ってはいないが、彼女はとても清らかで美しく、この世に不正や争いなんて何も無いんじゃないか。
そう思わせるような白いオーラに満ちていた。
彼女は礼儀正しく正座していて両手を突いて頭を下げて挨拶した。
「初めまして、カクヨムです」
「初めまして、佐藤直樹です」
「もしかして直木賞作家の!?」
「違うよ」
彼女の言っていることはよく分からないが、僕が作家でないのは確かなことだ。
小説を読んでも書いてもいないのだから。
彼女……カクヨムちゃんと言ったか。清らかで美しい少女は苦笑いするように言った。
「ですよね。そうで無ければわたしがここに来た意味がありません」
「意味というと?」
僕は彼女の正面に座って訊ねた。彼女は真っ直ぐに僕の目を見て言った。
「あなたに小説を書いてもらおうと思って来たのです」
「ふぉわーっと」
僕は美少女に見つめられた緊張と言われたことの意味を聞いて驚いた。
カクヨムちゃんは冷静だ。ふんわりと微笑んで言った。
「我々の最大の敵は無関心です。最近は順調に利用者数を増やし、サイトも3周年を迎えましたが、まだまだ無関心層が多いのもまた事実。そこで関心を持ってもらおうと、あなたのようにまだ小説を書いていない方の元へ伺って小説を書いてもらおうキャンペーンをすることになったのです」
「小説を書いていない人っていうと、僕のクラスの鎌池君や伏見君のところにも?」
「いいえ、彼らはすでに小説を書きまくって本を出しまくってます」
「なんと!」
僕はびっくりした。まさか同年代の同じクラスでそんなに小説を書いてる人がいるなんて思わなかった。
馬鹿ばっかりやってるとしか思えなかったのに。
「じゃあ、担任の三木先生のような大人のところにも?」
「三木先生はベテランの編集者です」
「ええー」
「独立して自分の会社も立ち上げました」
「そうなんだ。知らなかった」
どうやら僕の思っている以上に出版の波は身近に迫っているようだった。
「では、始めましょうか」
カクヨムちゃんはノートパソコンを取り出すと、自分の膝の上に置いて僕の方に向けた。
「ここにすでにカクヨムのサイトを立ち上げたノートパソコンがあります。まずはユーザー登録を行ってください」
「はいはい」
もうなるようになれだ。僕はカクヨムちゃんに教えられるままにキーボードを打って登録を済ませた。
「登録ありがとうございます。では、小説を書きましょう」
何だか上手く乗せられた気がするが……まっさらな画面を見ながら僕は考えてしまう。
「小説といっても何を書いたらいいのか……」
僕は小説を書くどころかあまり読んだこともないのだ。そんな僕にどうやって小説を書けというのか。カクヨムちゃんは順序を追って教えてくれた。
「では、今までに投稿された名作の話をしましょうか」
「名作……」
僕はごくりと息を呑む。どんな凄くて格式高い作品の話が出て来るのかと身構えてしまう。
カクヨムちゃんは教えてくれた。思ったよりあっさりとした話だった。
「オレオです」
「オ……レオ?」
僕はきょとんと目を丸くしてしまった。その三文字で何を感じればいいのかよく分からなかった。
だから、率直に問い返した。
「オレオですか」
「オレオです。そのたった三文字で綴られた作品に多くの人は感動し、盛り上がったのです」
「それって小説ですか?」
「小説です。何せ投稿できるのですから、カクヨムでは認められています」
「名作ですか?」
「多くの人を感動させた物を名作と言わず何というでしょう。駄作ですか?」
「ん……」
さすがにそこまで言う権利は僕にはない。まだ小説も書いてないのだから。
一文字も書いてない僕に三文字を否定することは出来ないだろう。
カクヨムちゃんはさらに名作の話をいろいろしてくれた。
「次に横浜駅が増殖したり妹が分裂したりする話ですね」
「増殖したり分裂したりするんですか」
「ニコニコでも紹介されて話題になりましたね」
「ニコニコですか」
カクヨムちゃんはとてもニコニコしている。
暖かな笑みを浮かべたその口で言った。
「おちんぽというのもありましたね」
「おちんぽ!?」
カクヨムちゃんのような美少女からびっくりするような発言が飛び出して僕は慌ててしまった。
だって、女の子がおち……なんて言うんだよ。そりゃ驚くよ。
カクヨムちゃんはそんな僕の反応で今になって気づいたかのように顔をほのかに赤くした。
「あの、おちもにょもにょじゃありませんよ」
(どのおちもにょもにょなんだろう)
気になったが、カクヨムちゃんのような清らかな美少女に『どのおちもにょもにょなんですか?』なんて訊くのは気が引けて、僕は口を噤んでしまった。
「みかの宇宙人さん事件なんてのもありますね」
「宣伝かい」
ずべし。
いけない、興奮と緊張のあまりよく分からない突っ込みをしてしまった。
カクヨムちゃんは笑っている。どうやら手玉に取られてしまったようだ。
「では、緊張も取れたところで執筆を始めましょうか」
「はい、そうしましょうか」
カクヨムちゃんの膝の上に乗せられたパソコンの画面と睨み合いながら、それでも僕は何も書き出せないでいた。
カクヨムちゃんは優しく促してくる。鈍感な僕に笑顔を崩すこともなく。
「書かないんですか?」
「何て書いていいか分からなくて」
「『あ』だけ十万字でもコンテストに応募することは可能ですよ」
「そんないい加減なこと出来ないよ」
「カクヨムでは作品です」
「…………」
どうやらカクヨムちゃんは是が非でも僕に作品を書かせたいようだ。
男としてはここまで誘ってくれる女の子にかっこ悪いところを見せるわけにはいかないだろう。
カクヨムちゃんの歴史にかっこ悪いまま残るわけにはいかない。
お前の小説、凄かったぜ! と言わせてみたい。
とは言ってもこのままでは自爆しそうだったので、僕は一度気分を落ち着かせるために立ち上がることにした。
「ちょっと水を飲んでくるよ」
「はい」
「ジュース持ってきたわよ」
「はいよー」
お母さんがジュースを持ってきたので手間が省けてしまった。
僕はそれを受け取って二人の間の床の上に置いた。
「どうぞごゆっくり」
お母さんは何だか面白がっているふうに退室していった。
別に僕とカクヨムちゃんは何も疚しいことをしているわけじゃないのに。
ジュースをちょっと飲んで僕は再びカクヨムちゃんと向かい合って考えることにする。
いろんな考えが堂々巡りをしてクエーっと鳴いた。
駄目だ。何も浮かばねえ。
書けないでいると、カクヨムちゃんが再びその可憐な少女の口を開いて僕に助言をしてくれた。
「まずはテンプレを使ってみるのはどうでしょう?」
「テンプレ?」
僕に思いつくのはナンプレぐらいだった。
こんな無知な僕にカクヨムちゃんは丁寧に教えてくれる。
「まずはトラックに轢かれて神様に会って転生するところから始めるんです。みんなやってますよ」
「痛そうだね」
なぜトラックに轢かれるなんてことをみんながやっているのか。想像するだけで痛そうなのに。
それでも、みんながやっているならと、僕の指はちょっとプルプルと震えて動こうとした。
それでもまだ前に打って出られるほどじゃない。頑張れ、僕の指。
臆病な僕に、カクヨムちゃんはさらに助言を行ってくれた。
「あったらいいなを形にするのも良いですね。例えば女の子にもてたいとか」
「女の子にもてたい!?」
そんな言葉を口にする女の子はどんな心境なんだろうか。カクヨムちゃんの顔からはよく読み解けなかった。
何だかお姉さんにいたずらされているような。そんな錯覚を僕は抱いてしまう。
カクヨムちゃんって何才なんだろう。
僕より年下に見えるけどとてもしっかりした大人の雰囲気も持っている。
女性に年齢を訊くのが失礼なことぐらいさすがの僕でも知っていたので自重した。
カクヨムちゃんはさらに教えてくれる。あったらいいなの形を。
「いじめっこに復讐したいとか」
「いじめっこに復讐したい!?」
穏やかじゃないですね。カクヨムちゃんは本当にどんな心境なんだろうか。もしかして心の内に何か黒い物を抱えているんだろうか。こんなに白い清らかな乙女に見えるのに。
クールダウンが必要ね。僕はとりあえず深呼吸して気分を落ち着けることにした。
「最近だと仲間から追放されるのが人気ですね」
「仲間から追放ね」
よし、大分気分が落ち着いたぞ。僕は冷静に前を見る。
カクヨムちゃんの綺麗で真っ直ぐな瞳と目が合った。
改めて可愛い子だなと思う。
「SSSランクとか」
「SSSランク!?」
「とてもランクの高い特別な人という意味です」
確かに僕の前にはそんな特別な良い感じの美少女がいるけども。
ドキドキしながら僕はカクヨムちゃんの膝の上のキーボードに手を伸ばそうとして、
「あ、バッテリーが少なくなってきたので、コンセントを借りますね」
「おいーーー!」
カクヨムちゃんはいきなり立ち上がって、パソコンのコンセントを刺しに行った。
僕としてはせっかく書く気になったのに、おあずけを食らった気分だった。
まあ、ここまで時間を掛け過ぎた僕も悪いんだけどね。
部屋の中にある歩いて数歩の距離のすぐ近くにあるコンセントに差して戻ってきたカクヨムちゃんは微笑んでいた。
「嬉しいです。あなたが書く気になってくれて」
「うん」
「では、書きましょうか」
「うん」
「最初はゆっくりでいいですからね」
「うん」
我ながら自分の語彙力の無さが恨めしい。
それでも僕は勇気を出して最初の一文字を。
打ったのだった。
小説を書きおわって、僕はぐったりとした疲労感とともに、満足した達成感を感じていた。
カクヨムちゃんはにっこりと嬉しそうに微笑んでいた。
「ありがとうございます、これであなたが小説を書くことを好きになってくれたら嬉しいです」
「ありがとう、僕の方こそ良い経験になったよ」
こうして初めて書いた小説はわずか数行しかない、とても小説とは呼べない代物だったけど。
それでもカクヨムちゃんが喜んでくれたので、僕は書いて良かったと満足し。
「また何か書いてみるか」
そう思うようになったのだった。
それから数か月後、僕は高校生という若さで電撃カクヨム大賞を受賞するに至った。
これも小説を書く楽しさを教えてくれたカクヨムちゃんのお陰だ。
彼女は今どこにいるのだろう。
ありがとう、カクヨムちゃん。
今も世界のどこかにいるだろう彼女に礼を言う。
僕はこれからも小説を書き続けるだろう。
僕の戦いはまだ始まったばかりだ。
この世界にはまだまだ小説に無関心な人が大勢いる。
カクヨムちゃんは再び現れる。
カクヨムちゃんと一緒に小説を書こう けろよん @keroyon
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