最終章 これからのこと
第168話あらやだ! 楽しむことにするわ!
「龍族と魔族との戦争……敵対種族の名と差別の撤廃……いろんなことがありすぎて、何から言えばいいのか分からんが、とりあえずはよくやったな、ユーリ」
「褒められても素直に喜べへんわ。何もできひんかったに等しいからな」
クヌート先生の言葉にあたしはそう返すしかなかった。
ランクSの教室で、あたしはみんなに世界会議での出来事を話した。
反応は一様に違うてた。せやけど各々思うたことは一つやった。
「戦争が……始まるんですね……」
イレーネちゃんが小さな声で言うた。そんで身体が震え出した。
「イレーネちゃん、大丈夫か?」
「こ、怖いです……おかしいですね……アストと戦うために、魔法学校に入学したのに、今になって恐ろしく感じます……」
それに対して、デリアがなんか言うかな思うたけど、何も言わへんかった。
それどころか、そっとイレーネちゃんの手を握って「大丈夫よ……」と手を握る。
「私だって、怖いもの」
「デリア……」
「こんなに弱かったのかしらって思うくらい、怖いわ。昔は何があろうとも、怖くなかったのに」
二人になんて声をかければええのか、あたしはよう分からんかった。
しばらくして、ランドルフが口を開いた。
「多分、大人になったってことだぜ、二人とも」
「……どういうことよ?」
ランドルフは立ち上がって、あたしを含めた女子三人に言うた。
「いいか? 人間ってのは殴られて痛みを知って、それで殴るってことを知るんだ。ただ殴ってばかりじゃあ本当の意味で知ることはない」
「じゃあ、私はどうして怖がっているのよ?」
「……俺たちが救えなかった、エーミールのことがあるんだろうよ」
エーミール……今でも思い出す。あの優しかった子のことは。
「エーミールの死がトラウマになってんだ。だから二人とも怖がってるんだぜ?」
「なんで、あなたたちは、怖くないの?」
「クラウスはともかく、俺は人の死に触れてきたからな」
あっさりと自分の過去を言うたランドルフ。
「流石に人を殺めたことはないが、その寸前まで痛めつけたことはある。目の前で殺された人間も見たこともある。それに、エーミール以外にも救えなかった奴も居る」
「…………」
「デリア。怖がることは悪いことじゃねえ。どう向き合うかが大切なんだ」
流石やな。これはあたしには言えへん重い言葉やった。
「僕は殺されるのは嫌です。それに龍族や魔族を殺すのも嫌です」
唐突にクラウスが座ったまま言うた。
「でも、戦わなければいけないのなら、戦うしかないのでしょう。殺さなければいけないのなら、殺さなければいけないのでしょう」
「お前は料理人だ。前線に行かなくてもできることはあるだろう」
「後方でのん気に料理を作ることですか? ランドルフさん、僕はね。エーミールくんが死んだとき、決めたんですよ」
クラウスはあたしたちに言うた。
「仲間を絶対に、死なせないって」
その決意は、何よりも固く強かったんや。
「なあクヌート先生。俺たちは全員、三年生で卒業していいんだよな?」
「まあな。おそらく全員、魔族の本拠地であるベナリティアイランドに出征することになるだろうな。それぞれ尉官を任官することになる」
「卒業してすぐか?」
「状況にもよるが、おそらく半年から一年は猶予があるんじゃないか?」
「じゃあ一年から一年半くらいの時間があるわけだ」
ランドルフは何かを考えとった。そんであたしたちに言うた。
「……本来なら、修行をするべきだろうけどな」
ランドルフは迷いつつもあたしに言うた。
「みんな――今死んでも、悔いは残るか?」
一番早く答えたんはデリアやった。
「当たり前よ。ユーリとイレーネにまだ勝ってないんだから」
次に答えたんはイレーネちゃんやった。
「私も、今死んだら後悔すると思います」
あたしもクラウスは一度死んどるから、ランドルフの言葉がどんだけ重いんか、分かっとった。せやから何も言わんと頷いた。
「ならよ。この一年間は遊ぼうぜ」
ランドルフらしくない言葉やったから、みんな驚いてしもうた。
「修行も適度にやっていいけどよ。人間、思い出がねえとやっていけねえ。今わの際につまらねえ人生だったって振り返るのは、なんて言えばいいか分かんねえけど、良くねえよ」
ランドルフは珍しいちゅうか、めったにしないような優しい微笑みをしよった。
「戦場に行く前に、目一杯楽しもうぜ」
……あたしは、誤解しとったかもしれんな。
一生懸命にならんと、人は救われへんのやって、勘違いしとった。
気を張り詰めてたんかもしれへんな。
「よっしゃ。あたしは乗るで!」
「ユーリ!? あなたたち本気なの!?」
デリアは真面目やから修行しまくるつもりやったんやろな。
でも友人としてそれはさせへんで?
「デリア。遊ぶことも重要やで。それに貴族は優雅でなければあかんやろ?」
「それとこれとは違うでしょ! 生き残るためには強くならないと!」
「もちろん修行もするで。でも楽しみもないとなあ」
「あなたねえ……!」
話し合っとるとイレーネちゃんがおずおずと手を挙げた。
「わ、私は、デリアと同じ意見です。今は一生懸命修行しないと……」
「そっか。美味しいもん巡りしようと思うてたんやけどなあ」
「デリア。息抜きも大事だと思いませんか?」
「変わり身早すぎるわよ! どんだけ食欲に忠実で貪欲なのよ!」
あたしの友人ながら見事な裏切りを見せてくれたイレーネちゃんを後押しするように、クラウスもデリアを説得する。
「まあいいじゃないですか。どうせ息抜きの合間に魔法の練習もすると思いますよ?」
「あなたもそうなの?」
「それに、今まで勉強ばかりで何も楽しみがなかったじゃないですか」
なかなかデリアは納得せえへんかったので、妥協案を出すことにした。
「せやな。とりあえずみんなで一緒に旅行に行こうや。そんでこれからのことを話し合うんはどや?」
「旅行? 一体どこに行くのよ?」
あたしは「そういえば、招待しよう思うてた場所があってん」と前置きして言うた。
「あたしが作った村、アリマ村に行こうや。温泉に浸かったことなんてあらへんやろ?」
アリマ村と聞いてデリアはピンとけえへんかったけど、すぐさま思い出したようやった。
「ああ。あなたが私たちから逃げ出したときに作った村ね」
「……人聞き悪いこと言わんといてえな」
「事実でしょう? というより、私に勝ったら招待するって言ってなかった?」
「よく覚えとるなあ。でもええやんか。行きたいやろ?」
デリアはしばらく何も言わんと教室の周りをぐるぐる歩き回った。
しばらく経って、デリアは「分かったわよ」と頷いた。
「行くのは構わないわ。でもその後は私のやりたいようにする」
「ええで。みんなもそれでええか?」
他の三人も頷いた。
「そうか温泉か。転生してから入ったことなかったな」
「あ、クヌート先生はあれちゃうん? 学校の仕事あるんやないか?」
あたしの言葉にぴしりと固まる先生。まあ仕方あらへんな。
「なあユーリさん。一つ確認だが」
「なんやランドルフ?」
「……刺青あっても、温泉は入れるよな?」
「あー、別にええんちゃう?」
デリアは不思議そうに「どうして刺青があると入っちゃいけないのよ?」と訊ねた。
「色が落ちちゃうわけ?」
「そうやなくて……難しいな。なんて説明したらええんやろ」
「刺青してる人間はお断りされるんだ。暴力団関係者かそれに準ずる人間だからな」
「ふうん。異世界は面倒なのね」
あたしはみんなに言うた。
「それじゃ、明日出発や。みんな、旅支度しとき!」
「ユーリ。すぐに旅立っても平気なんですか?」
「うん? ああ、あたし元気やしな。ありがとう、イレーネちゃん」
ちゅうわけで、あたしたちはアリマ村に向かうことになった。
おとんやおかん、元気にしとるかなあ。
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