第159話あらやだ! 空の旅だわ!

 フライングシップのゼノン号――皇帝のように真っ赤に彩られたそれを見てクラウスはぼそりと「空路ですか……」と呟いた。そういえば飛行機事故で死んだんやったっけ。


「そのとおりです。海路ですと一ヶ月以上かかってしまいますから――キール、どうかしましたか?」

「……どうして俺も乗らねばならないのですか?」


 顔がめっちゃ強張っとる。どうやらゼノン号に乗りたくないようやな。高いところが苦手なんやろか?


「君も世界会議に参加するためですよ。そろそろ外交を学ばないといけませんから。やはり書物だけではなく、実際に人と触れ合わないと」

「……以前、ゼノン号が苦手だと言いませんでしたか?」

「ええ。そうですね。しかし船酔いするでしょう? それなら揺れも少ないこちらのほうが良いと思いまして」


 皇帝なりの優しさ――そう思うた矢先にこないなことを言うた。


「それに何故か怯える君を見ると楽しくて仕方がないのですよ」

「鬼やなあんた」


 思わずツッコミ入れるとキールは「酷いですよ、義父上」と涙目になった。


「ま、九割それが目的ですが、もっと重要なことがあります。先に言ったとおり、君に外交を学んでほしいんですよ」

「外交を学ぶ、ですか?」


 皇帝はキールの肩に手を置いた。


「聞きましたよ。魚人との戦いで、君は負けたじゃないですか。しかし話し合いで解決すれば、ユーリさんを連れ去られることはなかった。君も痛い思いをせずにいられた。違いますか?」

「……違わないです」

「君に足りないとするところがあるとすれば、それは狡猾さや強かさです。だからこそ、今回の世界会議に出席する海千山千の曲者たちと言葉を交わす必要があります」


 そして皇帝は肩に置いた手を離した。


「私はあなたに期待しているのです。頑張って乗り越えてください」

「義父上……! 分かりました! 俺、頑張ります!」


 そう力強く応じたキールやったけど、あたしは誤魔化されへん。

 皇帝言うたやん。九割怯える姿見たいって。


「それでは乗り込みましょう! ゼノン号へ!」


 そう言うたけど、魔法学校の敷地やと着陸できひんかったので、テレスの郊外に停める必要があった。あたしたちは皇帝と一緒に歩いて向かうことにした。


「まさか空飛ぶ船があるとは思わなかったわ。そういえば、前世にはあったの?」


 古都の街中を歩いとると、デリアがキールに聞こえへんようにあたしに囁いた。


「あるで。飛行機言うてな。それで外国行ったりすんねん。ちゅうかクラウスの死因は飛行機事故やったな」

「……本当に? なんだか怖いわ……気をつけなさいよ?」

「あはは。気をつけようがないわ」


 すると隣で歩いてたイレーネちゃんが「生きて帰ってきてくださいね」とあたしの手を握ってきた。震えとる。

 あたしがぎゅっと握り返して、安心させるように笑うた。


「大丈夫やで。あたしは必ず帰るから」


 握っとらんほうの手をデリアに差し出した。


「ほれ。あんたも手をつなごうや」

「……恥ずかしい真似させないでよね!」


 そんでゼノン号の傍に着いて、イレーネちゃんたちに別れの挨拶をした。


「ほな行ってくるでー」

「ユーリさん、無事を祈ってますよ」

「くれぐれも迂闊なことを言うなよ」

「早く帰ってきなさいよ!」

「美味しいものがあったらお土産に持ち帰ってください!」


 そして最後に、クヌート先生がこう言うた。


「世の中、言葉の通じる人間と通じない人間が居る。その見極めはできるな?」

「通じひん人間なんておらへんと思うけど」

「いや。確実に居る。そのとき、お前は何を選ぶのか。それだけが心配だ」


 意味深なことを言われたけど、そん意味を知るんはそう遠くなかったんや。

 ゼノン号に乗り込んだあたしを出迎えてくれたんは、首席補佐官のシヴ・フォン・クロバーさんと獣人の少女アイサちゃんやった。二人は船内の食堂と思わしき場所に居って、笑顔であたしに挨拶した。


「お久しぶりです、ユーリさん」

「……ユーリさん、こんにちは」


 背筋をピンと伸ばしたシヴさんとフードを目深に被ったアイサちゃん。あたしは「おお! 久しぶりやな!」と言うて駆け寄った。


「うん? シヴさんとともかく、なんでアイサちゃんがここに居るんや?」

「……世界会議に出るの。私も」


 シヴさんは「今回の会議は敵対種族も出ます」とぴしっと答えた。


「敵対種族という枠を無くすという議題も出ています」

「そうか。そうなったらええな。アイサちゃんも街で遊びたいやろ?」


 アイサちゃんは「はい。そして少しでも、獣人への差別が無くなればいいと思います」と至極真面目なことを言うた。


「他のみんなは居るんか?」

「ゴンザレスが付いてくれてます。今は寝室で休んでいます」

「二人だけか? 結構度胸あるな」

「そんなことないです。今回、陛下に誘っていただいて、嬉しく思います」

「おお、そうやな。皇帝――ってどっか行ってもうたな」


 とりあえず皇帝を探そうと思うて、二人を連れて船内歩いとると、寝室を思わしきところを覗いとる真っ赤な人を見つけた。


「……何しとんねん」

「ああ、ユーリさん。キールが怯えているところを見ているんですよ。ふふ、面白いですね」

「……キールのこと、嫌いか?」


 呆れるあたしたちに皇帝は「とんでもないですよ」と目を離さずに言うた。


「何故かキールが怯えているところが好きでたまらないんですよ。ああ、可愛いですね。もっともっと可愛がりたいですねえ」

「……あんたの養子やなくて、良かったわ。心の底からそう思うで」


 シヴさんは皇帝の手前、言葉に出さへんかったけど、顔がドン引きしとった。

 アイサちゃんは不思議そうな顔をしとる。まあ理解できひんやろな。


 それからあたしたちは怯えるキールを余所に空の旅を楽しんだ。甲板に出てたり、クラウスと対決した宮廷料理人の四天王の一人の料理を楽しんだり、一面の雲海という珍しい景色を眺めたりした。


「そういえば、どないして動いとるんや? こん船は?」

「この船の中枢に、『浮遊岩』と呼ばれる不思議な岩が設置されています」


 食堂でジュースを飲みながら訊ねると、解説を始めるシヴさん。アイサちゃんも興味深そうに聞いとる。


「詳しい仕組みは分かっていませんが、人間以外の物質に浮遊の魔法を付与する性質があります」

「魔法を付与する岩? なんやそれ凄いなあ」

「遥か昔に発見されて以来、国家単位で奪い合うようになったのです」

「……どうして、奪い合うんですか?」


 アイサちゃんが不思議そうに訊ねた。


「空飛ぶ乗り物は便利やからな」

「軍事利用もできますからね」


 あたしたちの問いにアイサちゃんは「そうじゃないです」と否定した。


「どうして、みんなと一緒に使わないのかなって」


 ハッとする思いでアイサちゃんを見つめる。そうや。クヌート先生が言うてた。原始共産制社会ちゅう世界で生きとる獣人はものを奪うちゅう発想があらへんのや。


「…………? 何かおかしいこと言った?」

「いや。おかしいことなんて、言ってないで」


 シヴさんを見ると少しだけ恥ずかしそうやった。あたしも同じ気持ちやった。

 今のアイサちゃんの言葉聞いたら、皇帝はどう思うんやろか?


 なんか不思議な気分になったとき、食堂に帝国の兵士大慌てで入ってきた。


「失礼します! 陛下はいらっしゃいますか?」

「おらへんで。多分寝室や。まだキールが怯えとるのを見とるんとちゃうか?」

「そうですか! では――」

「待ちなさい。何がありました?」


 シヴさんの毅然とした声に兵士は敬礼しながら「鳥人の集団が甲板に居ます」と答えた。


「なんでも陛下に挨拶したいと。ですのでこうして探しております」

「そうですか。では寝室に居る陛下に報告を。その間の応対は私がします」


 シヴさんが立ち上がった。あたしもアイサちゃんも一緒になって立ち上がった。


「あたしも行くで。鳥人に会うてみたいし」

「私もです」

「……分かりました。では着いてきてください」


 さて。鳥人ってどないな種族なんやろ?

 結構楽しみやった。

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